第6話 初めての友達、初めての幼馴染
その後にあった桐原母との話し合いは、想像以上に泥沼化し、膠着状態が長く続いたので大幅に省略させていただくとして、大体の、大まかな話の流れはこんな感じだったと思う。
「凜ちゃんに友達はいらない。友達なんて傷つけるだけの存在だもの」
「そんなことはありません、中には悪い友達もいるかもしれませんけれど、多くの人間はそんなに悪いヤツじゃありません」
「そんなことない!」
「そんなことある!!」
「ないないないないない!!!」
「あるあるあるあるある!!!!」
こんな風に喧々轟々とした、両者一歩も譲らない激しいバトルが繰り広げられた。
本当ならもっとスタイリッシュに桐原母を論破して、
「弓槻君って口達者・・・素敵・・・」
みたいな形で桐原を惚れさせようと思案していたんだけれど。
肝心の桐原は舟を漕ぐわ、桐原母は予想以上に頑固だわで、なかなか思い通りにことは進まない。
長い口論の末、桐原母はようやく折れたと見えて、ふうっ、と大きく息を吐いた。
僕も骨を折った甲斐があった。
桐原母は息も切れ切れに呟く。
「もし・・・貴方の言う通りだとして・・・凜の周りの人がそんなに悪い人達ばかりじゃなかったとしたって・・・それでも中には悪い人もいるわけなんでしょう・・・?私はそんな人たちに・・・凜が傷つけられてほしくない・・・」
ああ。
本当にこの母親は、
ただ純粋に、一切の混じり気もなく、醇乎たる愛情をもって娘のことを大切に想っているだけなのだ。
長い長い口論の最中でも、言葉の端々から娘への愛が湧き出ていた。
それは、世間からは異常だと思われるものかもしれない。
娘からは重いと言われてしまうものなのかもしれない。
けれど僕は、桐原母のその想いを否定する気にはなれなかった。
愛は、重くてもいい。
軽いよりは、ずっといい。
前世で愛に飢えていた僕には、桐原母がとても眩しく見えて。(前世では童貞のまま鬼籍に入ったからなんて言えない)
「それなら心配いりませんよ」
僕はゆっくりと、そして丁寧に言葉を紡いでゆく。
「桐原凜さんを貶めようとする北虜南倭は僕が祓う。誰かが彼女に矛先を向けたならば、僕が彼女の盾になる」
今気づいた。
桐原を僕の幼馴染にする。
『幼馴染化計画』には一つ、間然するところがあった。
核となる部分に、重大な瑕疵があった。
・・・何よりもまず、僕が、僕自身が、彼女の幼馴染にならなければ。
———レッスン3、僕が彼女の幼馴染になる
「何があっても一生、僕は凜ちゃんを護り続けると誓う!!」
決然と、宣言するように僕は言った。
桐原に。
桐原母に。
そして何より、自分に言い聞かせるように。
幼馴染は、腐れ縁でもあるから。
僕はこの誓いを、生涯護り続けなければならない。
しばらくの沈黙ののち、桐原母はクスっと笑った。
「なんだか、昔の夫を思い出す・・・あの人は私の、夜道を照らす一番星だった」
また僕の方を向いて、顔を上げる。
「わかりました、そこまでいうのなら、貴方を友達として認めてあげます・・・それでいいのよね、凜?」
いうと、桐原母は僕の横にいる人物の方に顔を向ける。
そこには、白い肌を紅潮させている桐原凜の姿があった。
「いつから起きてたんだよ!?」
「・・初めからに決まってるじゃない。それとも何?私があんな短時間で寝られると思ってるの?のび太君みたいだってバカにしてるわけ?」
「その発言こそのび太君を貶めるものだろ、のび太君にだっていいところは何個もある」
「ふふふ、そうやって喧嘩しているのも、昔の私たちそっくりだわ。それで、凜ちゃん、どうなの?」
桐原はすごく言い出しにくそうに顔をしかめつつ、僕の方からは目を逸らしながら、くぐもった声で言った。
「・・・と、友達からで良ければ、よろしくお願いします。弓槻尤くん」
差し出された右手を、僕はしっかりと握り返す。
まだ柔らかくて小さな桐原の手。
それは前世も含めて、僕が生きてきた23年間で初めて出来た友達の手だ。
大切にしていこう。
この友達を。
そして、この念願の幼馴染を。
手を取り合う僕たちを見つめながら、桐原母は最後、涙ながらに呟いた。
「・・・虫酸君って本名じゃなかったのね」
———レッスン4、彼女を僕の幼馴染にする
———
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