第7話 悪い気はしなかった

「桐原っていつも砂場で遊んでるよね」


僕、弓槻尤と桐原凜が友達になった記念すべき日の翌日も、桐原は変わらず公園の砂場で山を作っていた。


「たまには別の遊びをしてみないか?例えば二人だからこそできる遊具とか」


「・・・・・・・・」


返事がない。


どころか少し、怒った顔をしている?


「僕、何か桐原の気分を損ねるようなことしましたっけ」


桐原は、はぁっ、とため息をついた。


「その桐原呼びをやめて欲しいのよ。せっかく友達になったっていうのに、なんだか他人行儀みたいでイラつくのよね」


「じゃあなんて呼べばいいの」


「そうね、凜ちゃんは少し気持ち悪いし・・・凜殿、凜君、そうだ、凜様と呼びなさい」


「嫌に決まってんだろ。ていうかより一層他人感増してないか」


「確かにそうね」


クスっ、と桐原は笑顔を見せる。いつもは大人みたいな話し方の口が悪い彼女の、たまに見せる年相応の無邪気さに、思わず顔を赤らめてしまった。


「今いやらしい目でわたしのこと見てたでしょ」


「べ、別にいやらしい目でなんて見てないよ」


「つまりいやらしい目じゃなくて卑しい目で私のことを見てたってことね、この貧乏人は。あ、これは『ら抜き言葉』を使う語彙の貧乏な人め、と言うダブルミーニングなネタだったのだけれど、頭の弱い虫酸君に理解できたのかしら?」



「んなもん分かるかッ!!」


つい大声で突っ込んでしまった。


桐原の家が金持ちかどうか僕は知らないけれど、悪口の語彙は確かに大富豪並みらしい。


ついでに言っておくと、卑しいはいやらしいのら抜き言葉では無い。


「それで、結局僕は君をなんて呼べばいいの?」


「そうね・・・『りんりん』なんてどうかしら」


「四皇の紅一点みたいなあだ名だな」


「・・・?よんこうって何?」


おっと。

週刊少年ジャンプを愛読してるなら伝わると思ってだんだけれど、まだ物語がそこまで進んでなかったのか。

今はウォーターセブンあたりだっけ。


「『りんりん』は却下で。その名前で呼んでいると、将来的に君に懸賞金がかけられる気がしてくる」


「ふうん。よくわからないけれど貴方がそういうならやめておくわ。でも、そうしたらどうやって呼んで貰えばいいのかしら」


「普通に『凜』でいいと思うんだけれど」


「少し普通すぎて面白みが無い気がするんだけれど・・・」


「別にあだ名に面白さなんて必要ないんじゃないと僕は思うよ。その分二人で一緒に楽しいことをしよう。二人で一緒に色んな遊びをして、もう少し大きくなったら公園以外の場所に遊びに行ったりして。それでいいんじゃないかな。」


「二人で、一緒に・・・そうね、私たちはもう、友達だもの、ね」


少し目を逸らして、顔を赤らめる。

口角がヒクヒクしながら上がって、少し不格好な笑顔が浮かぶ。


僕はそんな彼女に次第に愛おしさすら感じて・・・


「じゃあ、まずはこの砂場で遊びましょう」


「いいけれど、いつも砂山を作って遊んでいるんじゃないの?」


「それでもいいの。今日はここで、二人で遊びましょう」


何かやりたいことがあるのだろうか。

目の前の彼女は決意に満ちた顔をしている。

僕は諒として、砂場に手を突っ込んだ。


「私がいつも砂山を作っていた理由なんだけれどね」


手を動かしながら、桐原は話し始めた。


「いつか友達ができた時に、完成した砂山にトンネルを作って、両方の穴から覗きあいっこがしたかったのよ。

だからいつ友達が出来てもいいように、毎日ここで山を作り続けてたの。

けれど一人で黙々と砂山を作ってる私に声をかけてくれる人なんて居なくて、さらには私を避けてか、誰も砂場で遊ばなくなっていった」


僕は彼女を初めて見つけた時のことを思い出す。


なんとなく、一人浮いているような存在。

砂浜に打ち上げられた流木のように、その場の環境に不似合いなものが紛れ込んだ異物感。

子供は無意識に、自分と違うものを忌避する。


原因はわからない。

彼女に異人の血が混じっているからなのか。

それとも彼女の言動があまりに大人びすぎていたからなのか。


でも、確かに言えることは、精神年齢が成人を超えていた僕だからこそ、彼女に話しかけに行くことが出来た、ということだ。


彼女と幼馴染になれた、ということだ。


こういうものを、世人は『運命』と呼ぶのだろうか。


「出来たわ、トンネル。ねえ、貴方は向こうの穴から覗いて」


僕は彼女のいる反対側の穴から、トンネルの中を覗き見る。


思ったよりもトンネルは短くて、彼女の顔はすぐそばに見えた。


女の子特有の甘い香りが、僕の鼻腔を柔らかく刺激する。


「私、お父さんがどんな人だったかはよく知らないんだけれど、やっぱりママに似ていると思う」


「うん、僕もそう思う」


僕に対する扱いの酷さとか。


「だから覚悟しておきなさい・・・私の愛は、すごく重いから」


刹那、彼女は身体をグイッと前に押し出す。

元々距離の短い僕と彼女の顔が一気に接近し、互いの唇が接触した。


トンネルの中は暗くてよく見えなかったけれど、そのために彼女の温もりが唇を通してより強く感じられた。


23年間生きて、初キスを3歳児に奪われる僕の人生。


———なんとなく、悪い気はしなかった。


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