内向的幼馴染篇

第8話 2年が経った

桐原凜と友達になってから2年が経った。

僕たちは5歳になり、それぞれ別々の幼稚園に通っていたけれど、休日には互いの家に遊びに行き合う家族ぐるみの付き合いになっていた。


今週は僕が桐原の家にお邪魔させてもらっている。彼女の家は僕たちが初めて出会った公園のすぐそばに建つ荘厳華麗な豪邸だ。


なんでも今は亡き父の実家である桐原家は日本でも有数の超お金持ちだったらしく、父亡き後は祖父母のご厚意で母と二人、無数にある別荘の一つに住まわせてもらっているらしい。


僕と桐原はその家のリビングで、高価そうなラグの上で寝転がりながら絵本を読んでいる。


実際には、僕が桐原の命令で絵本の朗読をさせられているだけなんだけれど。



「・・・おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」


「この話は知っているわ。『桃太郎』よね」


「流石にご存知でしたか」


「話の流れは大体ね。でもいいわ、そのまま続けてくれるかしら」


「でも知っている話なんだろう?」


「話の内容なんて二の次でいいのよ。だって私は、ただ貴方の声を聞いていたいだけなんだから」


「・・・・・・ッ」



なんでコイツは真顔でこんな恥ずかしいことをさらっと言えるんだ。


逆にこっちが恥ずかしくなってくるよ。


「何言ってるの、口に出してる私の方が恥ずかしいに決まってるじゃない」


「今のは口に出してないと思うんだけれど」


何食わぬ顔で地の文を読むんじゃねーよ。

恐いから。


桐原は続ける。


「私の本心は恥ずかしくてもきちんと言葉にした方がいいかなと思って。

だって、好きな人に対しては私、隠し事をしたくはないもの」


「そう言ってくれるのはとても嬉しいことだね」


「貴方が喜んでくれると私も嬉しい」


言って、桐原は自然と笑顔を見せる。


あの日、砂場でキスをして以来、彼女は僕に対してかなり積極的になった。


恋愛経験が希薄(というか絶無)な僕にとって、彼女のスキンシップは強烈な攻撃力を誇る。


弱冠5歳の女の子にタジタジにされる精神年齢25歳の僕。


面子も蜂の頭もあったものじゃない。


しかし、そのせいで少々問題が発生しつつあるのも事実だ。


彼女のことを信頼していないわけではないけれど、女子の気持ちがいつまでも変わらないことを無条件に信仰している僕ではない。

100年の恋だって一瞬で冷めることもある世の中である。


そんな世界の中で、いつまでも僕のことを好きで居続けてくれる幼馴染を得るために、桐原以外にも何人か幼馴染を作っておかなければ。


しかし、現在の僕は、休日のほとんどを桐原凜と共に過ごしている。


平日は幼稚園に通っているけれど、残念ながらそこではビビッとくる幼女には出逢えなかった。


つまり僕は、新たな出逢いの場を欲しているけれど、自由な時間が存在しないのだ。


「なんだか浮気性なクズの臭いがするのだけれど」


「どこかで木でも切ってるんじゃないかな」


「おがくずの話をしているんじゃないわ。私の目の前にいるクズの話をしているのよ」


「僕今へたっぴな和歌でも詠んじゃってた?」


「歌屑の話もしてねーんだよお前を今すぐ海の藻屑にしてやろーか」


桐原は左腕を僕の首に回してすごい力で締め上げた。

目はネズミ一匹程度なら余裕で刺し殺せそうなほど鋭くなっている。


スッゲー痛いしスッゲー怖いよ。


「あ・・・の、もうちょっと・・・優しく、して・・・」


「いいこと、これだけは覚えておいてちょうだい」


桐原は僕の耳元に顔を近づけ、囁くように言った。


「私は軽い浮気程度なら見逃してあげる。目を瞑っていてあげるわ。けれど貴方がもし、ほんの少しでも、別の女のことを本気で好きになってしまったのだとしたら、目を完全に奪われてしまったとしたら・・・

私は絶対に、許してあげないんだから」


「・・・肝に・・・銘じて・・・おきま・・・す・・・」


ほうほうの体で、僕は桐原の首締めから解放された。


「さて、話も一区切りついたことだし、絵本の続きを読みましょう。弓槻君、早く読んでくれる?」



首締めの圧迫感は拭えないままに、僕は朗読を再開する。



二年間過ごして気づいたことなんだけれど、桐原凜という女性はヤンデレ属性を有しているかもしれない。

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