第5話 幼馴染化計画

幼馴染候補生ナンバー1は少々家庭に複雑な事情を抱えていた。

しかし、計画には修正がつきものであり、多少のイレギュラーならばそれ自体を計画の一部に巻き込んでしまえばよい。今回の一件だってそう。

僕は桐原凜の家庭環境を利用することで、親密な関係を築いてやるのだ。


『幼馴染化計画』、本格始動の刻。


レッスン1、とにかく公園に通いつめ、少しでも桐原凜と親しくなる。


桐原は平日の毎日決まった時間に、公園の砂場で遊んでいる。

家は公園から非常に近いところにあるらしく、彼女は1人で公園まで歩いてきているらしい。それで母親の姿が見えなかったのか、とその点においては納得したけれど、幼稚園にも入ってないような幼女を1人で出歩かせるのはどうなんだろう。

各家庭にはそれぞれのルールがあるのはわかるんだけれど、やっぱりこれって育児放棄に当たるんじゃないのか?


「私が家を勝手に抜け出してきてるのよ、ママのことを出し抜いて、勝手口からこっそりとね」


「君って結構な問題児だったんだな・・・」

ともあれ育児放棄まがいのルールがあったわけじゃなかった。

ならば一安心。なのか?


「それ叱られたりしないの?」


「もちろん毎日叱られているわ。この前なんか特にこっぴどくやられたわね。

『あんな目付きの悪い不審者みたいな男と話をしちゃいけません。酷いことされちゃうわよ』

って」


「不審者に話しかけられたの!?それは大変だ!」


「貴方のことよ」

「僕のことかよ!」


この親子、揃いも揃ってこの僕を不審者扱いとは。

こちとら愛嬌マシマシお肌ピチピチの3歳児なんですけれど。


まあ、こんな感じの会話を毎日し続けて、初めて出会ってから一ヶ月が経った。


その間、桐原凜は僕のことを


『貴方』

『空気』

『虫酸君』


などと呼んで、ついぞ友達扱いすることはなかったけれど(下手すると人間扱いされていたのかも怪しい)、それでもある程度気軽に話ができる関係を構築することに成功した。


好きな食べ物、好きな色、好きな遊び、好きな絵本など、前世では知る由もなかった個人情報をたくさん共有することが出来た。


ちなみに桐原の好きな絵本は週刊少年ジャンプらしい。

・・・もうコイツ絶対3歳の幼女じゃないだろ。


それはさておき。


とりあえずここまで来れたら、そろそろ幼馴染育成計画も次の段階に移行して良いだろう。


レッスン2、桐原母を説得する。


「それは無理だと思うわ。私のお母さん、結構頑固なところがあるし」


「まあまあ、僕に任せておきなよ。大船に乗ったつもりでいてくれればいい」


「・・・そこまでいうなら信頼してあげてもいいわ。なら、私は貴方が説得している間舟を漕いでいるから、終わったら起こしてね」


「そこまで任せっきりにはしないでッ」


再び彼女の母に会うのは比較的容易だった。

毎日家を抜け出す娘を連れ戻しに行くため、桐原母も毎日この公園に通っていたからである。


「凜。また知らない子と一緒に遊んで。しかもこの子、よりによってこの前と同じ不審者みたいな目付きのヤツじゃないの」


本当、この娘にしてこの母ありだな。

普通の3歳児だったら阿鼻叫喚してるからね、今のセリフ。


「違うの、ママ。この子は友達じゃないの。そう、ただの虫酸よ。虫酸君なの」


「虫酸君・・・?変わったお名前なのね」


「・・・・・・・・・・」


「ほら、黙ってないで貴方も何か言いなさいよ」


「・・・虫酸といいます」


「そう、本当に虫酸君っていうの。冗談みたいな名前ね」


・・・冗談に決まってるだろうが。



「それで、虫酸君と凜ちゃんはどういう関係なのかしら」


「僕と桐原凜さんとは単なる話相手で、まだ友達ではありません。僕は友達になりたいと言ったんですけれど、彼女がそれを頑なに拒絶しているので」


「言いつけをちゃんと守ってて偉いわ、凜。そう、凜ちゃんに友達は要らない。友達なんてものは、凜ちゃんを傷つけるだけのものだから」


「・・・・・・・・・・」


桐原凜は母の言葉に何も言い返すことなく、ただコクリと首を縦に振る。


そりゃあ、言い返せないよな。

母から彼女への愛情は本物だ。

大人びた3歳児である桐原は、それをしっかりと理解している。理解出来てしまっている。

本来ならイヤイヤ期が来るはずの年頃のはずなのに、頭が良すぎるために、うちに抱える一家言を出すことが出来ない。


だからこそ僕がいる。

幼馴染になってもらうために、ここは俺が一肌脱ぐ時だ。

君はそこで見ているだけでいい、桐原。

僕は横にいる桐原の方を見る。


・・・・・・コクリ・・・・・・コクリ


マジで居眠りすんのかよ!!


俺の心情の吐露がバカみたいになるじゃないですか!!


どんだけ楽観的なんだ。

そんなところ有言実行しなくてもいいのに。


まあ、ひとまずは、それも信頼の証と捉えることにしよう。

目が覚めたら僕とお前は幼馴染だ。


僕は顔を正面の桐原母に向け直す。





・・・時は満ちた。


さあ、幼馴染をはじめよう。

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