第4話 花と南瓜と空気

桐原と初めて会った、次の日。



彼女はまた公園にいた。


昨日と同じく、砂場で独り、黙々と山を作っている。



僕もまた、昨日と同じように母と別れ、砂場へと足を運ぶ。


そして昨日と同じように、声をかける。



「こんにちは、またあったね」


無視されてしまうのでは、と多少心配していたけれど、それは杞憂だったとすぐに悟った。


「あら、なんだか臭うと思ったら弓槻君じゃない」


砂山を作る手は止めないままに、本物の3歳児なら泣き喚きかねない暴言をさらりと言ってのける桐原。


けれど、この暴言も友達を作らないための防衛本能のせいだと考えると、どこか可愛く思えてくるから不思議だ。



「とてもイカ臭いわ」



前言撤回。



こいつには可愛げも恥じらいもねぇ!



「ぼくはまだせーつーしてないよ!!」


「嘘よ、嘘。冗談に決まってるじゃない・・・あなたからするのは加齢臭だけだもの」


「こどもからはかれいしゅうもしないよ・・・」


ちなみに、23歳からも加齢臭はしない。


たぶん。


「そう?私には、あなたが3歳児だとは到底思えないのだけれど」


『それはこっちのセリフだよ!』


なんちゃって。


あからさまなツッコミ待ちに乗っかってしまわないよう、

ここはあえて、

グッと堪える。


なんでも思い通りにさせられるほど、僕は子供じゃないんだぜ。


見た目は子供でも、頭脳は大人だから。


大人の余裕ってやつ。



「精通も加齢臭も知っている3歳児なんて、実在を疑うレヴェルの存在よ。昨日初めて出会った時から感じていたことだけれど、やっぱりあなた、とてもきな臭いわ」


ブーメラン刺さってるぞ。


僕が言うのもあれだけれど、こいつこそ頭脳が大人なんじゃないだろうか?


一体絶対、ヤバイ組織のオクスリ飲んで、幼児化したに違いない。


もし、そうでないんだとしたら・・・



「ところで何の用?昨日も言ったと思うけれど、私はあなたのお友達にはならないわよ。」


「ぼくはきみとおともだちになりたいけれどね。でもひとまずは、『おはなしあいて』になりにきたんだ」


「友達も話し相手も一緒のことじゃない。そんな言葉のあやに騙されるほど、私は子供じゃないわよ」


「そうでもないさ。ともだちじゃないひと、なかよくないひとのほうが、ほんとうのことをおはなしできたりすることもあるんだよ」


「本当のこと、ね・・・」


「たとえばなやみとか、ね。ぼくのことは『はな』だとか『かぼちゃ』だとおもってさ、なんでもおはなししてみてよ」


「花や、南瓜・・・」


砂山を作る手をようやく休め、桐原はじっと考え込む。


数秒の沈黙ののち、桐原はふっと、僕の方を向いた。


「わかったわ、あなたに私の『悩み』、聞いてもらうことにする」


「よかった。おはなししてくれるんだね」


「ええ、あなたのことを『空気』だと思うことで納得したわ。他の人からもよく言われているでしょう?『空気みたいな人ですね』って」


「そんなのいわれたことないよ!」


本当に失礼なやつだな、こいつ。


僕を誰だと思っている。

僕はそんな話題を振られるような程度の人間じゃない。


どんな話題も、振られるような次元の人間じゃない。


存在そのものが希薄。


空気のようではなく、真空みたいな男。


それが僕である。


まぁ3歳児に、僕の不気味の谷よりも深い本質を見通すなんてことは出来るはずがないのだ。


これくらいは大目に見てやることにしよう。


むしろ、僕の内面のほんの表層にでも触れることができたことを評価してあげるべきだ。


「それで、なんできみのおかあさんはりんちゃんにあんなこといってるの?」


「セリフが平仮名ばかりで読みにくいわ」


僕のセリフが平仮名表記なのはお前には分からないだろ。

コエカタマリンなんて僕は飲んでない。


「それにしれっと下の名前で呼ばないで。友達じゃないんだから」


「はいはい、僕はただの空気ですよ。それで、どうしてなの?」

(やっぱり平仮名は読みにくいので以下は普通になります)


僕の問いに、桐原は少し表情を曇らせながらも、話を始める


「私のマm・・・お母さん、半分外国人の血が混じっているの。昨日私を迎えに来た人がそうなんだけれど」


「ああ、そういえば『ハーフ』みたいな顔つきだったね」


「そう、ハーフ。よく知っているわね。私のお母さんはハーフだったことが原因で、子供の頃に酷い嫌がらせを受けていたみたいなの。ほら、子供って周りの人と違う特徴の子を攻撃対象にするじゃない。そのせいで、娘の私には口が裂けても言えないようなことをやられていたらしいの。口を閉ざしてしまうようなことを、させられていたらしいの。


 そんな母にも友達と呼べる人が一人いたらしいわ。どんなに周りの人からいじめられても、その人だけは優しくしてくれたみたいなんだけれど・・・ある日、偶然見てしまったらしいの。普段いじめる人たちとその友達が、空き教室で密談しているところを。話の内容を陰から盗み聞きして、母は言葉を失ったらしいわ。


 友達だと思っていた唯一の人が、母のいじめを指示する主犯だったのよ」


想像以上の重たい話に、二人の間に逡巡の沈黙が流れる。


「それはとても、ひどい話だね・・・」


確かにそれは、桐原の母が友達という存在に絶望してもおかしくないような体験であったのだろう。

あるいは日本人を、ひいては家族以外の人類そのものに失望してしまいかねない体験だったのかもしれない。


「それ以来、母は友達というものを全く信用しなくなったらしいわ。父と出会って多少はマシになったらしいのだけれど、その父も私が生まれる前に亡くなっちゃって。だから母は、私に友達をつくってほしくないみたいなの。私も母に顔が似ているから、そのせいで同じようにいじめられるんじゃないかってすごく心配してる」


聞いていて、桐原母に対する印象が大きく変わっていった。どうやら僕は素っ頓狂な勘違いをしていたみたいだ。

精神的体罰なんかじゃなかった。

そんなものよりも、むしろ……


「凜ちゃんのことを大切に想う、いいお母さんじゃないか。」


「そうね。想われすぎて愛されすぎて、私のことが大好き過ぎるみたい。そのこと自体はとっても嬉しい。私は愛されないよりは愛されたい、普通の人間だもの。でも」


それでも、と、桐原は決然とした表情できっぱりと言った。


言ってのけた。


「その想いは重過ぎるし、その愛は過剰すぎる。大体友達作っちゃだめだなんて、私を殺し屋にでも育て上げるつもりなのかしら」


「ふふっ、もしかしてそれ、案外的外れな意見でもないかもしれないね」


「うるさい黙れ死にたくなければすぐにその口を閉じろ」


「………………………」


ほんとにもうアサシンにでもなっちゃいなよ。

女アサシンが主人公のアサシンクリードも発売されたことだし。(まだ発売されてない)


さておき、桐原家における大体の事情は分かった。


過去のいじめ体験から娘を同じ目に遭わせまいとする母親。

母の想いに一定の理解を示しつつ、しかしその重過ぎる愛情に不満を持つ娘。

そしてその娘と懇意になるために悪戦苦闘する幼馴染候補な友人。


「ちょっと、私たちと貴方を同列に並べないでちょうだい。虫酸が走るわ」


あう。


うまいこといったと思ったんだけれどなあ。

てかなんで地の文まで理解っちゃってんのこの幼女!?


「気にするだけ野暮ってものよ、虫酸君」


「…まあその辺は気にしないでおくとするよ。でも一つ、ちゃんと聞かせてほしいことがあるんだ」


とても大切なことだから、と僕は付け加える。


「ええ、いいわよ。なにかしら」


「桐原凜ちゃん。君は、友達が欲しいのかい?」


目の前の幼女は、ふっ、と口角を上げ、その後、笑顔のままでこう言った。


「そんなの、欲しいに決まっているじゃない」

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