第3話 桐原凜の秘密
今になって思い返すが、僕は桐原凜という人物に、転生前、出会ったことがある。
というか、高校3年間、ずっと同じクラスだった。
彼女のことを思い返してまず浮かぶのは、自分の机で黙々と小説を読み耽っていたこと。
授業の間の10分休みも、昼休みも、授業中も、誰と会話することなく表情すら変えることもなく、ただ黙々と本を読み進める。
少し変わった人だという印象を僕は抱いていた。
それから、吸いこまれそうなほど深い、濡羽根色の長髪を、戦国武将みたいに後ろで結ったポニーテイル。
そんな黒髪とは対照的に真っ白な、けれど血色の良い柔肌。
やや日本人離れした、海外のモデルみたいな顔つきとプロポーション。
第三の眼を持っていた(持っていない)前世の俺が視たところによると、胸は推定Fカップとかなりの戦闘力。
校内で最も人気の高かった女学生三人の一角。
モデル顔負けの美人だった。
とはいっても、クラスの端っこにいた僕なんかとは関わりなんて殆どなく、唯一ある接点も、確か1度、彼女が落とした消しゴムを拾ってあげた程度のものである。
素敵だとは思うけど、好きだとは思わない。
手を出そうとは思わない程度の、想いだった。
****
しまった。
いろいろな感情が一絡げに襲い掛かってきたせいで、つい回想モードに入ってしまったみたいだ。
話を今に戻そう。
この目の前の美幼女の正体は、転生前の僕のクラスメイトにして、名を桐原凜。
彼女ほどのポテンシャルを秘めた人なら、僕の理想の幼馴染になってくれそうだ。
問題があるとするなら、転生前、彼女が人と会話しているところを見たことがない事くらいか。もしかしたら人と話すのが苦手な、内向的なタイプの人なのかもしれない。
・・・むしろいいな。それ。
普段は誰とも口を開かない孤高の美人。
けれど僕の前でだけは気を許し、喋喋喃喃と会話をしてくれる。
僕のことを特別扱いしてくれているみたいで、非常に幼馴染ポイントが高い。
これは是非とも、我が幼馴染として迎え入れたい・・・
と。
思ったんだけれど。
いきなりの拒絶。
『幼馴染化計画』破綻の重大な危機。ポケモンブラックホワイトなら戦闘bgmが変わってるくらいの大ピンチだ。(体力が赤ゲージになったら強制的に変わるアレ)
(ちなみにまだこの時代はダイアモンド・パールも発売されてない)
「・・・どうしておともだちなってくれないの?」
転生前、イタリア・ミラノのスカラ座で単独公演を開いた(開いてない)実力を持つビブラートを存分に活用し、僕は涙をこらえて震えているような声を演出する。
転生前の僕が、平日の昼間に(引きこもりながら)習得した、117ある特技の一つ。
腐っても3歳児の桐原にはまんまと通用したようだった。
彼女は困った顔で、慰めるような口調になる。
「・・・ごっ、ごめんなさい、別にあなたを傷つけるつもりはなかったの。
でもマm・・・母がお友達を作ったらダメだっていうの・・・」
・・・・・・・・
今ママって言ったッ!
今ママって言ったッ!
今ママって言ったッ!
ヘタなビブラートに騙されたことといい、まだガキっぽいとこあるじゃないですか!桐原!
・・・・・・・なんてね。
口に出しはしないよ。
だって僕は大人ですから。
20歳くらい。
ところで。
娘の友達作りを禁止する母親なんてもの、本当にいるのか?
いくら今が20年前で、現代程体罰やネグレクトみたいな問題がメディアで大きく取り上げられたりしていなかったとしたって、そんな家庭内ルールがまかり通って良いとはとても思えないのだけれど。
もしかしたら桐原が今独りで遊んでいることにも関係があるのでは・・・
「ちょっと凜、またこんなところで遊んでいたのね」
突如響いた女性の声によって、僕の思考は遮られた。
声の主は、ビジネススーツがよく似合う、東欧系ハーフみたいな顔の若い女性だった。
そしてどこか、転生前に見た、高校時代の桐原の面影を残しているような顔つきをしている。
「ごめんなさい、ママ」
桐原は女性に対し、申し訳なさそうな顔で謝る。
どうやらこの女性は、桐原の母親らしい。
ってことは、桐原はクォーター?
言われてみればそんな気がするけれど・・・
「もう今度から出歩かないようになさい・・・あら、そちらの男の子は誰?まさか凜ちゃんのお友達?」
桐原の母は僕を見つけたらしく、一瞬こちらをジロリと睨めつけた。
そのあまりの視線の鋭さに、思わず背筋が凍る。
僕は翼を得た虎じゃなくて、蛇に睨まれた蛙だったみたい。
一瞬こっちを向いてたじろいだ様子を見せた桐原だったけど、すぐに母親にむかって笑顔を作った。
作り笑顔で、口を開いた。
「ううん、違うよ。だって私に友達なんて必要ないもの。」
「・・・その通りよ、凜。何度も言うけれど、これはあなたのためを想って言っているのよ。
さあ、お家に帰りましょう」
桐原母は娘の手を引き、公園の外へ足を運ぶ。桐原は何度かこちらを気にして振り返ったけれど、そのまま母に連れられるままに、公園を去っていた。
残されたのは、僕独り。
・・・・・・・・・・・・。
知らなかった。
転生前、桐原が他人と全く会話をしていなかった理由。
桐原の母が頑なに娘の友達作りを拒絶する理由。
そして今も、僕は彼女のことを知らない。
何一つ、知らない。
蛇に睨まれた蛙。
井の中の、蛙。
桐原をオトすには、どうやらこの問題を解決しなければいけないらしい。
他人の家庭に手を出し、口を出さなければいけなくなったわけだ。
まったく。
ストーリー序盤にラスボスとエンカウントした気分だよ。
最初からクライマックスって感じかな。(まだ放送されてない)
『幼馴染化計画』第一章は、当初の想定とはかけ離れた様相のまま、幕を開けたのであった。
さてと、桐原さんも帰ったことだし、僕も母のところに帰るとしますか。
いつのまにか日も傾き始めており、橙に染まる公園には僕以外の人影はなくなっていた。
・・・ん?
・・・僕の母親はどこへ?
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