第一章 毒舌幼馴染篇

第2話 公園の幼女

光陰矢の如し。

時の流れは速いもので、過去の自分に転生してからすでに3年が経った。


ようやく一人で自由に直立二足歩行ができるようになった僕は、毎日両親にいろいろな場所へ連れ出してもらっている。



転生前の僕は超インドア人間で、用事がある日も学校がある日も出歩かないような生活をしていた(不登校って言うな)。


けれどそれじゃあ、どうしたって友達はつくれない。

まして幼馴染なんて、できっこない。


だから僕は意を決して、毎日様々な場所へ出向き、可愛い幼馴染候補生たちを探しまわっているのである。


そして見つけ次第、手あたり次第に声をかけ、理想の幼馴染に成長するよう誘導する。




すべては可愛い幼馴染のために。


『幼馴染化計画』である。



今日は初めて、家の近所にある公園に来た。

公園なら家族連れが多く、僕と同年代の可愛い幼女がいるかも、との腹積もりからである。


見渡してみると案の定、多くの幼女たちが彼女らの母親と一緒に遊びまわっている。


エネルギッシュにはしゃぐ幼女らの遊びに付き合って、必死に走り回る幼女の母親たちは、時折、膝に手をついて息を整えている。


しかし、それは意図せず母らの胸部、その万有引力による枝垂れを強調する体勢になっていた。

平日の昼間に、成人男性は公園には(ほとんどの確率で)いない為、注意力が散漫になっているのだろうか、母親たちは自身のあられもない姿を隠そうともしない。

実際、公園内に実年齢6歳を超える男性の姿はなかった。


あくまでも実年齢だけれど。


そのため、この公園一帯は胸チラのバザール、浮きブラのバーゲンセールの様相を呈していた。


僕もしばらく当初の目的を忘れ、この素晴らしき風景を、まるで印象派の絵画を鑑賞するかような面持ちで眺めていた。


・・・3歳児の視姦を咎める法律は日本にはないからね。ぐっへっへ。





ふと、砂場で遊ぶ1人の幼女に目が留まった。

一応断りを入れておくと、幼女の母親に目が留まったわけではない。

むしろ、あの幼女の近くにだけ、母親らしき人物が見当たらないのだ。


この公園でただ一人、あの幼女の存在だけが浮いているように見えた。


いやさ、浮いているというよりも、砂場に一人打ち上げられている、という表現の方が正しいか。


ピンク色のスモックを着て、黒髪が肩まで伸びている幼女。

遠目で見たところ、かなり可愛い。


あの幼女の母親はおそらく、不用心なことにトイレにでも行ってしまったのだろう。

短時間でも目を離したら、何をしてしまうかも分からない齢の幼児を一人残して。



―――よし。

あの幼女のことを、幼馴染候補生ナンバー1と名付けよう。


僕はあの幼女のいる砂場に向かうために、手管を弄する。


「ねぇ、ママ。ぼくむこうのすなばであそんでくるね」


母親に阿諛するような、子供にしか許されない粘り気のある声で僕は言う。


そんな僕の言葉に母は、まだ皴の目立ってきていない若さを湛えた笑顔で応える。

「分かったわ。私はここで見てるから、好きに遊んでいらっしゃい」

言いながら手を振って、僕を送り出す。


しめしめ、この母は相も変わらず関わらず呑気なご様子で。


自由を得た僕は、翼を得た虎、弘法の筆に比肩するというのに。

まったくおろかなことよ。


それでは候補生ナンバー1、確保と行きますかね。


母と分かれて、僕は幼女の待つ(待ってない)砂場へ足を運んだ。





幼女こと候補生ナンバー1は、砂場の砂を押し固めて山を作っていた。

かなりの集中度で、かつて這い寄る混沌とさえ呼ばれた(呼ばれてない)僕の気配にまるで気付いていない様子だ。


そこで僕は思い切って、さながら平泉の夏草のように爽やかな笑顔で話しかけた。


「こんにちは、そこでなにをしているの?」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」



・・・・・・・・無視された。


幼馴染育成計画、初めから撃沈!?


逡巡、二人しかいない砂場に、沈黙が重くのしかかる。


しばらくしてから幼女が口を開いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・ので。」


なんだ?よく聞こえない。


僕が耳を傾けて訝しんだ顔を浮かべると、彼女はもう一度同じセリフを、機械のように変わらないトーンで、しかし音量だけは上げて繰り返した。


「人に話しかけられたら無視するよう、母から言いつけられているので」


「・・・・・・・・・・」


大人びすぎだろ、この幼女。


自分の母親を『母』て。


それとももしや、転生前の俺に友達がいなかった(本当にいなかった)から知らなかっただけで、世界中の幼女はこんな精神面での発達が早まっているのか!?


・・・・・・・。


そんなわけないか。


僕より精神年齢の高い幼児なんて、いるわけないや。

この幼女はおそらく、早く大人扱いされたいのにそうもいかない、鬱憤とした日々を送っている哀れ千万な幼女なのだろう。


僕はこの大人ぶったイタイ幼女につられないよう、先程母親との会話で弄した猫撫でボイスで再び話しかける。


「それってしらないおじさんとかのばあいでしょ?ぼくはまだ3さいだよ」


「嘘、私てっきり、40代後半から50代半ば程度だろうと勘違いしていたわ」


「そんなわけあるかッ!」


確かにこの幼女と僕とでは、こと精神面においては新成人と新生児ほどの年齢差はあるだろうけれど。


それでもまだ前世とトータルで23歳の僕をおじさんだなんて、今だ嘗て言われたことがない!(実はある)


「まさか同い年だとは思わなかったわ」


「それはおたがいさまだよ。きみだって、まるでおとなみたいなしゃべりかたじゃないか」


「ふふっ、そのとおりね。私よく大人みたいってよく言われるから」


言って、幼女は微笑んだ。


初めて近くで幼女の顔を見る。

いつか(画像で)見たリゾート地の砂浜よりも白い柔肌に、美しい貝殻みたいな目や鼻や口が並んでいる。

遠目で見た時よりもいっとう綺麗な顔だと、素直に思った。

3歳なだけあって、まだまだあどけなさは大いに残るものの、各パーツからはかなりのポテンシャルを感じる。


さしずめ美少女ならぬ美幼女。


伸びしろしかない色白幼女だ。


「ところで、なんの用かしら?」


そこで僕ははっ、とした。


そうだ、僕はこの幼女、もとい幼馴染候補生ナンバー1と、他愛もない話をしに来たのではない。


幼馴染になりに来たのだ。

将来の彼女候補にしようと来たのだ。

花嫁候補として迎え入れようと来たのだ。


それらすべての目標達成のため、まずは彼女と友達になることから始めよう。

『幼馴染化計画』、ついに始動の時。


「ぼくはゆみづき ゆう。きみとおともだちになりにきたんだ」

  

「私は桐原凜(きりはら りん)。貴方と友達にはなりません」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


やっぱり撃沈!!

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