第2話【追放された二人】

 上官、というにはいささかインパクトが強すぎる。

 ツインテールに結ばれた黒髪。主張のある大きな目。軍人には見えないような白い肌。155センチという身長故大きさの合う軍服が無く、背丈にサイズを合わせたために胸元から逃げようとしているのかと思うほど強調された胸。

 軍事基地で歩いていれば迷子だと思われてしまうような可愛らしいビジュアルも、士官のみが着用を許された青い軍服と、胸元で輝く階級章を前にすれば、誰しも直立敬礼の姿勢を取ってしまう。

 マーリア・セデッソ中佐。30歳手前にしてこの階級になるには親のコネが強いか、周りがドン引くくらい優秀な人間かの2パターンしかない。彼女は圧倒的に後者だ。

 士官学校を首席で卒業。セクハラしてきた上官を軍法会議にかけそのポストを奪い、作戦立案においては現役将校を凌ぐ才能を発揮。その比類なき才能はどんな場末の基地に勤務している二等兵でも、噂伝いに彼女の名前を知っているほどだ。

 そんな人物が、まさにこんな場末のルコヤ地方にいる理由なんてたかが知れている。優秀過ぎて左遷されたのだ。おおかた、賄賂や談合などの悪行の発覚を恐れたお偉方が彼女を中枢から追放したのだろう。


 ルコヤ基地本部にあるマーリアの執務室のドアがノックされ、返事も聞く前に一人の青年が入ってきた。ボサボサの黒髪で身長170センチ。先ほどまで馬車の中で爆睡していたためにまだ眠そうな目、やる気のなさそうな猫背。アルンテミア軍支給の緑色の軍服を着ていなければ、コソ泥か引きこもりの学生が不用心に部屋から出てきたのかと思われるだろう。

「トードー・キキョウ、ただいまルコヤ基地本部に赴任致しました」

 デスク作業中のマーリアの前に立ち、形ばかりの着任の敬礼をする。キキョウは起立、彼女は着席の姿勢なので、その主張の強い胸元を見た途端キキョウの眠気は完全に吹き飛んだ。

 だがマーリアはキキョウの名乗りに見向きもせず、資料の上を走るペンの動きを止めない。

「あのー、トードー・キキョウ、ただい…」

「何度も言わなくても聞こえてるわ」

 目線を書類から離さないまま言い放つマーリアの声が、執務室の気温を二度ほど下げたように思う。

 これは敬礼を解いても良いのだろうか。それともこのまま不動のほうが失礼が無いのか。まぁ彼女にどう評価されても自分の処遇は変わらない。キキョウは額まで上げていた手をおろして背中で手を組み休めの姿勢を取る。

「自分はデカダ中佐に赴任報告をしに来たのですが…」

「赴任報告で私が良しという前に姿勢を崩したのは、あんたが初めてね」

 こちらの会話を全く寄せ付けてくれない威圧感。ただまぁ年齢は自分よりも上だが、女性に初めてと言われるのは嫌な気がしない。今日はキキョウと彼女の初めて記念日だ。

「デカダ中佐は来客対応中。そしてあんたは本基地の副主任である、私の直属ってことになってるの。まぁそんなことはどうでもいいわ。あんたの行き先はどうせ地獄なんだから」

 マーリアがようやくペンをおろしてこちらを見上げる。行き先が地獄と言うことは、こんな近くで女性を拝める機会はあまり無いのかも知れない。良く見ておこう。特に胸とか。


 マーリアが引き出しを開け、キキョウの名前が書いてある書類を取り出す。

「トードー・キキョウ。21歳。元曹長。成績はそこそこだが人望はあまり無い。ベルフェリ戦線で上官の命令を無視し独断行動。結果…、伍長へ降格。第7連隊に移籍、ねぇ。散々な経歴だけど、今後挽回の余地は無いわね」

「まぁ、自分も既に諦めておりますので」

「誰か喋っていいって言った?」

 軍人の昇進には才能以上に人望が必要である。キキョウも友達と呼べる人間はかなり少ない方だが、この調子ではマーリアはそれに輪をかけて孤独かも知れない。

 ふん…、と中佐はため息ともキキョウを小馬鹿にしたともつかぬ声を出した。

「あんたの配属される部隊はもう知ってる?」

「はい、第3中隊所属、999小隊です」

「そこがどういうところかも、すでに理解しているようね」


 999小隊。軍隊上もうこれ以上行き場がない番号。解雇しようにも外に出すと何をしでかすかわからず、かといって処刑するのも面倒なはぐれものが集まる部隊。いわゆる懲罰部隊である。

 命令違反はもちろん、敵前逃亡、武器の横流し、暴行、詐欺、窃盗、ここでは言えないような犯罪行為を犯した奴らも集まる場所だ。

 懲罰部隊が拝命される任務のほとんどは「死への片道キップ」だ。

 元々銃殺にした方が社会のためになるメンバーばかり。最前線、しかも勝ち目がないような激戦地に派遣されるのは序の口。戦闘中に死ねればいい方で、主な任務は魔王軍への潜入や爆弾の設置、戦場の行方不明者など、地味で人気が無く死亡率が非常に高いが重要性は低いという、誰もやりたがらない任務を押し付けられる雑用係だ。


「私がその999小隊の統合指揮を取ってる。まぁほとんどの作戦が失敗して終わるから、その責任の所在は私ってこと。結果昇進はできず、ここで腐っていくしか無いってわけね」

 マーリアほどの人物でも左遷され、その実力を発揮させることもなく消耗品として使い捨てる軍隊という組織に、キキョウは改めて嫌気が差してきた。

「そしてあんたが隊長として指揮を取るのは、作戦成功率が著しく低い、選りすぐりのクズを集めた第5分隊よ」

 初めて聴く部隊番号にキキョウは眉を顰める。1分隊は政治犯、2分隊は重犯罪、3分隊は軽犯罪、4分隊は知能犯。だが5分隊は聞いたことが無い。

 不審そうな顔をしていると、マーリアがキキョウの前にバサっと数枚の身分紹介書類を広げた。

「これが第5の隊員資料。これを読んでもいいと思うけど…」

 マーリアが壁にかかった時計を確認する。

「時間的にもうすぐ本人たちが基地に着く頃だから、実際に見に行った方が早いかもね」

 キキョウは踵を鳴らして再度敬礼をした。

「了解。資料を確認しつつ、第5分隊のメンバーを出迎えます」

 キキョウが資料をデスクから回収していると、おもむろにマーリアが立ち上がりキキョウの隣にやってきた。身長差的にはどうしてもキキョウがマーリアを見下ろす形になってしまう。

「あんたが命令違反をしたという作戦記録を読ませてもらったわ。結果として我が軍が被った被害は甚大。酌量の余地は無いけど、あの馬鹿げた作戦に従いたくないという気持ちは私にも理解できる」

 マーリアが右手をすっとこちらに差し出す。

「あんたも所詮、軍に追放された人間ってことね。追放された者同士、仲良くやりましょう」

「あ、りょ、了解です…」

 最初はあんなに高圧的だったのに、一体どうゆう風の吹き回しだろう。キキョウはマーリアの手を恐る恐る握り返した。すると彼女が少し背伸びをし、キキョウの耳に口を近づける。


「ところで、あんた独身で優秀な軍人の男性の友達はいる?」

「はい?」

 マーリアの身体に力が入り、キキョウの手をギリギリと締め付け始める。

「階級は中佐以下でいいわ。私より偉いと私生活の日常会話も命令として従ってしまいそうだし。できれば軍中枢で働いているような人間がいいわね。容姿は問わないけど年齢より少し若く見えて、顔もあどけない感じがいい。背もあまり高くない方が私の好み。家事は苦手だから、率先して掃除と洗濯、料理をしてくれると嬉しいの。声は少し高いほうが好きね」

 キキョウを見つめる中佐の目が徐々に血走ってくる。

「じ、自分はあまり友達もいないので…」

「友達じゃ無くても、知り合いを紹介してくれるだけでいい。いや、もうたまたまそういう男を見かけただけでもいいわ。早く…早く私を結婚させなさい!軍人になる時に人並みの幸せは全て捨ててきたのに、中枢に裏切られ、行く宛が無い私はもう結婚という道しか残されてないの…!」

「中佐、痛い!手が痛いです…!」

 マーリアはハッと気づいたようにキキョウの手を離す。

 その隙にキキョウは素早く資料を掴み執務室を飛び出した。扉の奥から話は最後まで聞けだの結婚させろだの怒鳴り声が聞こえるが、命令違反と敵前逃亡が得意技のキキョウは上官の声を無視してルコヤ基地本部入り口に向かった。

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