第9話【初めての戦闘・初めての戦利品】

 オークやゴブリンといった魔王軍の手勢がぞろぞろと移動していく。魔物が装備している鎧や着ている服、武器がかちゃかちゃと音を立ててキキョウたちの前を過ぎ去っていく。

 魔族の生態はまだよくわかっておらず、繁殖方法も不明なままだ。一説には魔王ザクナキアスが祈ると地面から湧いて出てくるらしい。無限に湧き出る軍隊を相手に戦争をして勝てるのかどうかは分からないが、魔王城から遠く離れた辺境の地でたった一人の人間を助けにいく囚人部隊には直接関係のない事だ。


 魔王軍たちが通り過ぎるまで、キキョウたちは森の中の木陰に伏せて息を潜めていた。魔法器を装備しているとはいえ、たった7人で移動中の魔王軍を相手にするのは危険すぎる。可能な限り無駄な戦闘は避けるべきだ。

 この考えにチャルミーたちは同意してくれたが、サリーナだけが全く言うことを聞いてくれず

「これを当てれば敵は木っ端微塵ですわん!やらせてください!実験させてください!!」と銀色の玉を持ったまま暴れ出したため、現在はジャレとゴルマでサリーナを無理やり押さえつけている状況だ。


「次やったらお前を敵のど真ん中にぶん投げるからな!」

 魔王軍一行が通り過ぎた後、ジャレがサリーナの頭を掴みながら怒鳴る。

「なんと!ぜひお願いします!敵ごと爆発してやります!!」

 背の小さいサリーナが腕と尻尾をブンブン振りながら目を輝かせている。

 こんな調子ではルコヤ第三派遣基地にたどり着く前に全滅か、作戦を諦めるしかないかもしれない。

 ファルトが鼻をクンクンさせてキキョウの方を向く。

「引き返してくる様子はありません。このまま進みましょう」

「とは言ってもなぁ…」

 キキョウはポリポリと頭をかいた。今は森の中の道なき道を無理やり進んでいるが、その分移動スピードが落ちている。本来は目の前の道路を使いたいが、さっきのように魔王軍と鉢合わせる可能性がある。ただ後7日しか猶予が無い以上、移動に時間を取られるのは避けたい。


「ファルトは、基地への近道とか知ってます?このまま森を歩いてると、多分着くのに4日くらいかかっちゃいそうなんですけど」

「気持ち悪い」

 キキョウの発言に突然チャルミーが突っかかってくる。

「なんだよ急に」

「気持ち悪いって言ってるの。なんでファルトにはずっと敬語で、私たちにはタメ口なわけ?」

「そりゃファルトはアドバイザーで、チャルミーたちと違って軍人じゃ無いからだよ」

 チャルミーが腕を組んでこちらを睨みつける。

「でも今は軍属としてこの囚人部隊と行動を共にしてるから、正式にはあんたの部下ってことになってるでしょ。何?犬族だからって贔屓してるの?」

 多分チャルミーは話し方とか、犬族だからなんて事を本当は気にしてなんかいない。ただキキョウに難癖をつけたいだけだ。今のままのペースだと基地引き上げに間に合わず、軍に置いていかれるかも知れない。その不安感や理不尽な怒りのぶつけ場所がキキョウしかいないのだろう。

 空気を察したファルトがチャルミーとキキョウの間に割って入ってきてくれる。

「キキョウ、僕は全然気にしないので、チャルミーさんたちと同じように話しかけてくれていいですよ…」

「あ、ありがとうファルト。君はいいやつだな本当に…。この部隊の唯一の良心だよ」

 涙目になるキキョウを見て、ファルトとチャルミーが若干退いている。

 ただゴルマの肩に乗ったポーラだけはキキョウと一緒に涙ぐんでいた。


「それよりファルト、何か近道って知ってる?」

「あ、いや、多分この道しか無いと思います。一応近くに川は流れてるんですけど、上流が基地の方なので、こちらから行こうとすると逆流だと思います…」

 この道のそばには南ルコヤ川の支流が流れているが、そもそも船も無い上に、上流まで遡ることは不可能だろう。

「じゃ、基地からその川を下ってここまで戻ってくるとすると何日くらいかかる?」

「僕はやったことは無いですが、休憩をしないでずっと船の上にいれば2日くらいだと思います」

「基地に船ってある?」

「簡単な物資輸送用のやつならあったと思いますが…」

 キキョウがポンと手を打つ。

「じゃそれを使おう。行きは時間がかかるけど、森を抜けていく。これに4日かかっても帰りは船に乗って2日。1日は城の捜索。異議がある人は?」

 全員がキキョウの方を無言で見つめる。

「特に無いならこれで…ヘックシッ!」

「なんだよ緊張感の無いやつだな」

 ジャレがキキョウを鼻で笑った瞬間、草むらの中からナイフを持ったゴブリンが飛び出してきた。


「ギャオ!!」

 キキョウめがけて突っ込んできたゴブリンは、チャルミーの右手薙ぎ払いをモロにくらい木に頭からぶつかって動かなくなった。

 間をおかずキキョウたちを取り囲むように5体のゴブリンとオーク2体が突如として現れた。

 1体のオークが棍棒を振りかぶってゴルマに襲いかかる。途端にゴルマの手元がカッと光り、握っていた散鉄砲ショットガンがドン!という爆発音を立てる。

 太めの筒から飛び出た魔法の力で飛び出した無数の石がオークの胸に直撃し、オークは棍棒を振り切ることなくその場に倒れた。その衝撃に巻き込まれてゴルマの肩に乗っていたポーラが頭から地面に落ちていく。

 サーリアは「これでも喰らえー!」と叫んだものの、先程まで握っていた銀色の玉が突然無くなってしまったのか「あれ?なんで?」と言いながらゴブリンに追われて逃げ回っている。

 キキョウは自分に飛びかかってきた2匹のゴブリンを短剣で切りつけた後に肩からぶら下げていた火炎砲を構えたものの、オークの前で驚きのあまり棒立ちになっているファルトや、サーリアを追っているゴブリンに飛び掛かるチャルミーが邪魔で打つことが出来ない。

 ジャレはすでに逃げ出して姿をくらましている。

「くそ!」

 キキョウは手に持っていた短剣をファルトに殴りかかろうとしているオークに向かって投げる。

 剣に重みがそれほど無いので顔に当たっても弾かれてしまったが、オークの注意はこちらに向けられたようだ。

「ファルト!伏せろ!!」

 キキョウが叫んだ瞬間ファルトがその場に倒れ込む。その瞬間、ゴルマの巨大なハンマーがオークの頭を直撃する。オークはそのまま大の字になってファルトに覆い被さるように倒れた。ギリギリの所でファルトが横に転がりことなきを得る。

 ダダダダダダっという連射音がキキョウの耳をつんざく。逃げ出そうとしていたゴブリン2匹に向けてチャルミーが連発鉄砲マシンガンを放っていた。

「ギョエ!」「ギャ!」背中から魔法器の攻撃を喰らったゴブリンたちがその場で倒れる。

 チャルミーが「ふぅ」とため息をついてキキョウの方を向いた瞬間、キキョウがチャルミーに向けてマーリアから受け取った小型鉄砲を発砲した。

 チャルミーの体がビクッと硬直する。その目はキキョウをまっすぐ見つめ大きく開かれている。

「グウゥゥゥ…」チャルミーのすぐ後ろの草むらに潜んでいたオークの眉間に穴が空き、そのままゆっくりと倒れていく。


 ジャレがバサバサと翼を羽ばたかせて上からキキョウの隣に降りてくる。

「敵は全滅したぜ。にしてもよくあの草むらに隠れてるオークに気づいたな」

「隠れてたのがオークなのかジャレなのかわからなかったけど、とりあえず打ったんだよ」

「なんだとテメェ!?」

 ホルスターに鉄砲をしまうキキョウにジャレが突っかかる。

 そこにチャルミーが連発鉄砲マシンガンを抱えたまま近づいてきた。キキョウを睨むように上目遣いで顔を覗き込んでくる。

「…なんか、ごめんな」圧に押されてキキョウは何故か謝ってしまった。

「…射撃の腕、全然下手じゃ無いじゃないじゃん…」

 チャルミーはそのままキキョウの脇を通り過ぎ、草むらから足だけが飛び出しているポーラを起こしにいく。

「こ、怖かったですぅー!」ポーラが涙目になりながらチャルミーの腕にしがみつく。

「私の!私の手榴弾が無い!手榴弾が無いですわん!!」

 ポーラの尻尾の後ろを鼻をクンクンさせながらサーリアがウロウロしている。


「みんな、怪我は無い?ファルトは?」

「ぼ、僕は大丈夫です。ゴルマさん、有難うございます…」

 ファルトのお礼に、ゴルマは「ブンッ」と鼻を鳴らして返す。


「よし。急いでここを離れよう。ただその前に…」

 キキョウは倒れているゴブリンが着ていたフード付きの黄色い服を脱がし始める。

「自分の着たい服は、早い者勝ちだぞ」

 そのキキョウの様子を見て、またファルトとチャルミーが若干退いていた。

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