令嬢救助作戦

第8話【命令違反の常習犯】

 ルコヤ第三派遣基地までは片道でも徒歩で3日かかる。実際に基地に潜入ができるのが1日だけだと考えていると、キキョウたちに休む暇は無い。

「ちょっとはベッドで寝かせてくれてもいいだろうが、このくそ軍隊がよ!」

 ジャレが先ほどから何かにつけて文句を垂れ流し続けている。

 それを無視してキキョウたちは鬱蒼と茂った森の中をザクザクと歩きながら進んでいく。一応連絡用の簡単な道路は基地まで開通しているが、敵も恐らくそこを使うだろう事を考えると、足場は悪いが別ルートで基地まで向かった方が安全だ。

 だが先ほど基地についたばかりなのに、すぐにまた出動させられている第5分隊のメンバー的には不服だろう。特にジャレは、敵に見つかる可能性が高いため飛ぶことも許されず、とにかく四方八方に当たり散らしている状況だ。


「だいたいよ、どうせそのイルなんとかってクソ女はもう生きちゃいないんだから、急いで行く事なんてねーよ」

 その言葉にファルトが反応する。

「イルトーレ様は頭の良い立派な方です!必ず生きておられます!!」

「あんま吠えるなよ。敵に見つかるだろ。それとも、今すぐ死体袋に入れられて来た道を引き返したいのか?」

 神経を逆撫でするような発言ばかりするジャレだが、他のメンバーはもう慣れっこなのだろう。顔色一つ変えることなく歩き続けている。新参者のポーラだけは先ほどからずっとオロオロしていて、泣きそうな顔で最後尾をついてきていた。


「わん!チャルミーはもう前回の怪我は治ったのですか!」

 隠密行動という言葉を理解できないサリーナが、森中に響くのではないかと言うような大声で尋ねる。

「ああ、お陰様でね。あまりひどい傷じゃなかったから…」

 チャルミーが声を落として答えようとすると、またもやジャレの横槍が入る。

「前回も酷かったからな。作戦はいつも通り失敗。船が沈没した挙句、岸に流れ着いたのは俺たちだけ。隊長とメディックは今でも仲良く川底でデート中だ。おかげで部下殺しの新隊長さんと、戦場に出たことが無い新米ちゃんが仲間入りか。今回も何人生き残るか見ものだな」

「あんたは船がちょっと傾いた瞬間に、私たちを置いて一目散に飛んで逃げてったでしょ」

 チャルミーに睨まれたジャレがケッケッケと笑う。

「すまない。俺が良く確認しなかったから…」

 ゴルマがチャルミーに頭を下げるが、その動きに驚いてポーラがまたビクビクしている。

「気にすることないよ。ゴルマとサリーナは泳げない私を助けてくれたし。誰かさんと違って」


 決して空気が良いとは言えない会話の合間をぬって、ファルトがキキョウに耳うちする。

「どうして、獣人だけの懲罰部隊なんて作られたんですか?普通は罪状で部隊を振り分けるんでしょ?」

「獣人は身体能力が高すぎて、人間と連携を取るのが難しいんですよ。あとは…」

「人間が獣人を信頼してないからよ」

 チャルミーが突然立ち止まり、ファルトの質問に答えていたキキョウを攻撃的な目で振り返った。

「私たち獣人が、今まで人間にどれほど邪険に扱われてきたか、ファルトならわかるでしょ。

 奴らは戦争が始まった時、正規の獣人部隊を作ったわ。でも、獣人部隊がいくのはいつも危険な激戦地ばかり。どんなに活躍してもすぐまた次の戦場へ…」

 チャルミーが何かを思い出すような目をして自分の足元を見る。

「懲罰部隊なんて、犯罪者の集まりよ。獣人で犯罪者なんて、人間がどうやっても太刀打ちできないような化け物。でも、適当な理由で処刑してしまうと、正規の獣人部隊からの反発が予想される。だから、獣人だけの部隊が秘密裏に設立されてるの。私たちが怖いのに、殺せもしないから、無理やり働かせてるんだよ。

 あなたもあんまり人間を信用しすぎると、簡単に裏切られるよ」

 チャルミーの言葉に、ファルトはただ困ったような顔をしている。

 全員が立ち止まり、キキョウの方をじっと見つめている。いよいよ和やかとは言えない雰囲気になってきた。正直、キキョウを殺すことは第5分隊のメンバーとしては容易いだろう。ただ、隊長が死亡すれば刑期の削減が無くなるという条件だけがキキョウを生かしている。


「サリーナ、今何個くらい魔法器持ってる?」

 キキョウは務めて明るい声で言う。

「わん!今はオフィシャルには7個、アンオフィシャルには18個が鞄に入ってますわん!」

「アンオフィシャルなもの含めて、一旦見せて貰っていいかい?」

「ぼ、没収は勘弁してですわん…」

 軍規違反を堂々と告白しておいて、突然シオらしく犬耳をパタンと倒してサリーナが小声になる。

「いや、そうじゃない。今ここにいる一人につき一つ、魔法器を持つことを許可したい」

 キキョウが第5分隊のメンバーを見渡して言う。

「おいおいなんだ、俺らのご機嫌取りか?」

 ジャレがツッコミを入れるが、喜んでいるのか翼をバサバサと羽ばたかせている。

「いや、正直に言うと、自分はこの中では一番非力だ。戦闘中も、恐らくみんなの足を引っ張る。そんなやつを無理やり守るなんて、誰だって嫌だと思う。

 俺はさっきも言った通り、何かあったら一人で勝手に生き残るような行動をする。だから、みんなも各自の判断で生き残れるようにしたいだけだ。そのためには、少しでも強い武器を持っておいて欲しいだけだよ」

 ゴルマがブンブン鼻を鳴らしながら、おずおずと手を挙げる。

「お前死ぬと、刑期減らない。俺が困る。お前を守る。でも、俺も死にたくない。魔法器欲しい」

「わ、私は…やっぱり武器は…苦手で…」

「じゃあポーラは、ゴルマとペアで行動してよ。ゴルマは、もちろん俺を守っても欲しいけど、ポーラの様子も見ててあげて。誰かが怪我したら、治せるのはポーラだけだから」

「了解」

 そういうとゴルマはポーラを片手でヒョイっと持ち上げ、自分の左肩に座らせた。

「ひゃあぁぁぁぁ!!」

 ポーラが慌ててバランスを取っている。

「ここにいれば、安全」

「ひゃ、ひゃい〜〜〜」

 ゴルマの両耳をしっかり鷲掴みにしながら、ポーラが返事をしてくれた。

「私はお前を信用しない」

 チャルミーがキキョウの正面まで歩いてきて睨みつけてくる。

「人間はすぐ裏切る。私たちが全滅しても、お前だけは助かるつもりだろう。でも、それだけは許さない。私が死ぬ時は道連れにしてやる」

 チャルミーの金色の目が、今の言葉が本気だということを訴えてくる。

「だったら、チャルミーは俺とペアになろう。俺が死んだらチャルミーは逃げれるし、チャルミーが死ぬような戦場なら、俺も多分助からない。これなら、ちょっとは安心だろう」

「…ふんっ!」

 思いの外可愛い声を出して、チャルミーがサリーナのカバンを勢いよく開ける。

「サリーナはジャレとペアで。ジャレは逃げる時、サリーナを忘れないでね」

「わん!ジャレに助けられなくても、あたしはこれで敵ごとぶっ飛ぶわん!」

 サリーナが先ほどポーラに見せていた銀色の玉をこちらに見せてくる。

「…俺はこいつと死にたくないから、やばくなったらすぐ逃げるぜ」

 流石のジャレもサーリアに若干引いているようだ。


 キキョウがパンと手を叩き、話をまとめに入る。

「よし。じゃこれからは、自分とチャルミーが先頭。ジャレとサリーナが二番目。ファルトがそれに続いて、最後尾はゴルマとポーラで移動しよう。

 敵が現れたら、ファルトを囲んで円陣を形成ってことで」

「あのー…」

 静かにしていたファルトが緊張しながら発言する。

「僕にも、魔法器をくれるってことですか?」

「もちろん。ファルトもやばくなったら、自己判断で生き延びる行動をしてください」

「わ、わかりました…。ちゃんと基地までは行ってくれるんですよね?」

 キキョウは小さく頷く。

「そもそも任務を遂行しないことには、今の話は全部無駄になりますからね。手ぶらで帰っても何のメリットも無いよ」

 ファルトは難しい顔をしているが、尻尾は嬉しそうにパタパタ揺れている。嘘をつけないタイプなんだろう。


「あ、念のため最後に!」

 キキョウの言葉に全ての獣耳がピクッと反応する。

「今の自分の話は、命令無視、敵前逃亡の教唆、および武器の不法所持のほう助になる。軍隊に報告すれば一発で自分を解任できるけど、それをしたい人はいる?」

 チャルミーがサリーナの鞄に手を突っ込みながらこちらを見てニヤリと笑った。

「忘れたの?私たちは命令違反の常習犯だよ?」

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