第7話【武器は持ったか!】
「手短に済まそう」
デカダ中佐がキキョウの前に立つ。
「君も気づいていると思うが、イルトーレは私の娘だ。こんなことになってしまって心苦しい」
それならどうして基地から逃げる時に安否確認しなかったんだ、というセリフが喉まで出るが、何とか精神力で胃まで押し戻すことが出来た。
「だが、今は魔王軍に支配された基地に取り残されている。どのような状態なのか、私には想像もつかん。そこでだ…」
デカダ中佐が深呼吸をしてから言葉を絞り出す。
「もし、イルトーレがまともな状況で無ければ…その場で…楽にしてやってくれないか」
苦しむよりも命を絶ってやれ、ということか。マーリアは肩をすくめてこちらを見ている。実の娘を殺して欲しいなどと頼んでくるということは、彼の中でもよほど悩んで出した結論に違いない。ひたいには脂汗が浮いている。
「了解しました。イルトーレ様が救助、移動不可能な状況でしたら、その時検討させて頂きます!」
流石のキキョウも、顔を真っ青にしているデカダ中佐に「そんな汚れ仕事まではできません」とは言えなかった。
マーリアと二人で部屋を出て中庭に向かう。
「怪しいと思わない?」
横を歩いていたマーリアがキキョウに問いかける。
「何がですか?」
「デカダの話よ。魔物に襲われた城に取り残された人間なんて、死んでいる可能性の方が高いでしょ。いいえ、放っておけばいずれ死ぬわ。だけど、今回わざわざ彼女の殺害を依頼してきたのはなぜかしら」
「…イルトーレ様が生きているのを、デカダ中佐は知っているってことですか?」
いまいち話が読めないキキョウが問い返す。
「それもあるかもね。あるいは、絶対にイルトーレが死んでいなければならないか、どちらかよ」
そちらであれば、デカダ中佐は娘の殺害を念押ししたということになる。イルトーレが、彼の軍人としてのキャリアや人生が破滅するような情報を彼女が握っているとすればそれもあり得ない話では無い。
「まぁ、基地まで行けば謎も解けるかな。油断しないでね。耳で聞いただけの情報が、全て真実とは限らないから」
マーリアがまたニンマリと笑ってキキョウを見る。
「もしあたしに有益な情報を持ち帰ってきたら、あんたを私の旦那候補に加えてやるわ。光栄に思いなさい!」
「そ、そこそこに頑張ります…」
キキョウはまた髪型をぐしゃぐしゃにするように頭をかいた。
中庭に着くと、第5分隊のメンバーは既に拘束が解かれ緑色の軍服に着替えており、各々の装備の点検をしていた。
チャルミーは両手に装着するタイプの鉤爪。猫科獣人が良く使う、身体能力が一番生かせるタイプの武器だ。ゴルマは体型に見合った巨大なハンマー。あれを振り回せるのは大型獣人しかいない。サリーナは手に武器は持っていないものの、彼女の身長ほどもあるパンパンに膨らんだリュックを背負っている。恐らく魔法器が詰め込まれているのだろう。ジャレは弓の弦の張りを丁寧に確認している。敵前逃亡の常習犯だが、几帳面に磨かれた弓からは彼がいかにその武器を愛用しているかがわかる。ポーラだけは未だに手ぶらで、所在なさそうにうろうろしていた。彼女の大きな尻尾が不安そうにプルプルと震えている。
「ポーラはなんの武器を使うんだ?」
キキョウに話しかけられ、彼女の体がビクッと硬直する。
「あ、あの!私、あの…」
言葉が出てこないポーラに向かってジャレがちょっかいを出す。
「メディックなんだから、注射器でも投げればいいだろ」
ゴルマが「ブン!」と鼻を鳴らして笑っている。
「ポーラさん!魔法器で良ければお貸ししますよ!これなんかどうですか?これを投げつければ相手は木っ端微塵ですわん!!」
サリーナが見たこともないような卵大の塊をポーラに差し出している。銀色のコーティングの一部が赤く点滅しておりとても不気味だ。
「私、その…、相手を傷つけるようなことしたくなくて…。だから、装備はいらないです」
ポーラは俯きながら声を絞り出した。
キキョウはその様子を少し眺めた後、机の上に置いてあった小型のナイフ一本を鞘に入れたままポーラに差し出す。
「これだけでもせめて、見えるところに付けておいてくれないかな。武器を持っているだけで、相手も簡単には攻めてこなくなるしさ」
それでもポーラが悩んでいると、チャルミーが手に巻きつけた武器の感触を確かめながらこちらに語りかけてくる。
「持っておきなよ。自分の命を守れるのは、自分だけなんだしさ」
ポーラは渋々といった形でキキョウからナイフを受けとった。ただ本来腰に巻くべきベルトを、無知故の勘違いから胸を挟む形で斜めに装着してしまったため、巨大な胸がさらに強調される形になってしまったが、これはもうこれでもう良い。
キキョウには、普段から愛用している短剣が用意されていた。長時間、複数の敵と戦うのには不利な武器だが、キキョウの得意な不意打ちなどの短時間で決着がつく戦い方や、走って逃走する際に邪魔にならないなど、使い方によっては非常に重宝するものだ。
「隊長のあんたには特別にこれもあげるわ」
マーリアが一丁の小型鉄砲をキキョウに手渡す。最もポピュラーな、弾丸をトリガーの前に装填する“モーゼル型“と言われるものだ。装弾数は20発。
「間違って俺に当てるなよ」
ジャレがキキョウを睨みつける。
「射撃は得意じゃないから、あんまり打たないつもりだよ」
右腰につけたホルスターに鉄砲をしまう。
基地から一般兵の装備する剣を持ったファルトが出てくる。先ほどの落ち込んだ表情ではなく、歩いてくる足取りはしっかりしている。
「僕も行きます。イルトーレ様が心配なので」
999小隊第5分隊6名とファルトが、キキョウを先頭にして基地裏口に整列する。
懲罰部隊は基地正門から華々しく出動することが無い。本来は正規軍の扱いであるべきなのだが、他兵士からの見え方や、秘密裏に出発する任務もあるため大きな正門ではなく、裏のスペースからこっそり出ていくのが一般的なルールとなっている。
キキョウたちの正面に立ったマーリアが、小柄ながらに上を向き声を張り上げる。
「では、あんたたちにいつものルールを説明するわね。
一つ、懲罰部隊は与えられた任務を完遂した場合、それに見合った分の刑期が免除される
一つ、懲罰部隊が作戦中に実行した全ての行為は、アルンテミア王立軍としてその責任を負わない
一つ、いかなる原因でも隊長が死亡した場合は、例え任務が完遂できたとしても減刑は無い
この三つを肝に銘じて、仲良く作戦を遂行してきてちょうだいね!」
その言葉を合図に、7人の特務部隊が城に囚われた令嬢を助け出すために、ひっそりと出動した。
彼らを見送ったのはあざといウィンクをしているマーリアただ一人しかいなかった。
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