第6話【無謀な任務、無計画な作戦】

 キキョウがやってきたブリーフィングルームは正規軍人が使うような大部屋でなく、ちょっと広い会議室程度だった。恐らく秘密作戦や人に聞かれたくないような打ち合わせをする特別室だろう。確かに、囚人部隊に真っ当なブリーフィングがなされるとも思えない。

 室内には先に入って黒板の前に立っているマーリア。キキョウの後ろからトボトボついてきたファルト。先ほど檻から連行されてきた5人の囚人。そしてこの基地の総主任である、デカダ・サヴァルトニア中佐が待機していた。


 上官がいるのに敬礼を忘れて部屋に入ってしまったキキョウだが、やり直す隙も与えずマーリアが作戦内容説明を開始する。


「揃ったわね。じゃ、説明するわ。今回の任務は、ルコヤ第三派遣基地に取り残された魔法器の回収、および基地内に潜伏中と思われるイルトーレ・サヴァルトニア令嬢の救出よ」

 ちょっと待ってくれ。キキョウは耳を疑う。ファルトが先ほど言っていたイルトーレ様なる人物の正体は、今目の前に座っているデカダ中佐の娘なのか?それならなぜ正規軍が救助に向かわないのかわからない。

「ルコヤ第三派遣基地は3日前、魔王軍の襲撃によって陥落した。基地撤退の際、武器・魔法器の破壊や建物に火をつける隙が無かったため、建物はほぼ無傷で残っている。あんたたちは基地内に侵入し、残された魔法器の回収を第一目的としてもらうわ」

 魔法器は一度敵の手に渡れば大変な脅威になる。魔法を使いこなす魔族だが、その上に魔法器までぶっ放された日には人間サイドは目もあてられない大惨事になるだろう。

「また、撤退の際、兵士一人が基地に取り残されたイルトーレ様を目撃している。彼女は基地の構造を熟知されており、今なお生存している可能性が高いらしいわ。彼女救出のために、イルトーレ様の護衛として個別に雇われていたファルト・メコット氏に、今回の作戦のアドバイザーをお願いしてあるから、基地への潜入経路とかの詳しい話は彼に聞いて」

 ファルトが挨拶しようとした瞬間、椅子に浅く腰掛け大股を広げたジャレが部屋中に聞こえる大声で水を差した。

「もう死んでんじゃねーの、その女」

 父であるデカダ中佐の前で良く言えるなと思うが、キキョウも後でこっそりマーリアに確認しようと思っていたので少し助かる。

 デカダ中佐は喉から息を吐き俯く。マーリアはそれを一切気にしないと言わんばかりにニヤリと笑った。

「もし死んでいたとすれば、あんたたちが苦労するでしょうね。魔法器の隠し場所は、イルトーレ様しか知らない。つまり彼女が死んでいたとすれば、あんたたちは魔王軍が統治している基地の隠し扉を全部開け、中身をひっくり返して魔法器を探すことになるのよ」

 なるほど。命令的な優先度は魔法器の回収だが、行程としてはイルトーレの発見が先で、そのためにファルトが雇われているのか。


「魔法器はどれくらいあるんですか!わんわんわんわん!!」

 サリーナが椅子から勢いよく立ち上がり、挙手ついでに尻尾をブンブン振る。隣に座っていたポーラがそれに驚いて小さな悲鳴をあげているが、誰もそんなことお構いなしだ。

「一応第三派遣基地は最前線だったから、約50ほどの魔法器を置いていたわ。でも、戦闘中での故障や破損の報告も多くてね。追加でも送っていたから、記録ではルコヤ基地には使える使えない関係なく、合わせて130ほどの魔法器があることになっているの」

 一つの基地に130の魔法器は多すぎる。恐らく質の悪いジャンク品が送られていたのだろう。

 ファルトの耳がピクピクと動く。彼はイルトーレを救出したらそのまま彼女と現場を離れて貰おう。魔族だらけの基地内で行動を共にするのは危険すぎる。

「そんなにたくさん魔法器があるなら、正規軍で行けばいいんじゃないの?それだけあれば基地内から敵を追い払うことだってできるはずでしょ」

 チャルミーがこれまた真っ当な意見を言う。囚人部隊とは言え、案外こいつらまともなメンバーなんじゃ無いか?

「あたしたちが魔法器を見つけて、魔王軍にそれを渡してこの基地を襲撃してもいいなら、この作戦に参加しようと思うけどね」

 前言撤回。まさか中佐二人の前で寝返りと反乱の二つを提案してしまうとは。机に肘をついて頬を歪ませているチャルミーの発言がどこまで本心かわからない。

「ごはん食べたい。ごはんあるなら行く」

 一つの椅子に座りきれないゴルマが壁にもたれ掛かりながら声を上げる。上官の発言中に各々が勝手に喋り出すなんて、軍隊生活では滅多に見られない光景にキキョウは苦笑する。


「チャルミーの言うことは正しいわ。だけど、今回正規兵は派遣できないの」

 マーリアのニヤニヤが止まらない。Sっけがある彼女は、恐らく第5分隊に遂行不可能な任務をさせるのが楽しいのだろう。

「このルコヤ基地本部は、7日後に完全撤退する。軍事拠点としての意義が薄いという中枢判断よ。7日後の正午には、基地は完全に無人となり、後はこの地方の自警団たちに近辺の防衛を任せることになっているわ」

 ファルトがガタッと身を乗り出す。

「待ってください!あと7日しか無いなんて、それだけじゃ…」

 ついにマーリアが完全に笑顔になった。

「そう!ルコヤ第三派遣基地までは片道で3日。往復で6日。つまり、あんたたちは一日、いや半日で基地に潜入し、イルトーレ様を救助。残された魔法器を持ち出してここに帰還しなければならない。7日後の正午までは待ってあげるけど、最後の馬車に間に合わなければあんたたちは置いていく。地元の自警団には、軍服を着た獣人が現れたら、それは魔王軍のスパイだから殺害して良いと通達しておくわ」

 マーリアもわかっているのだろう。こんな作戦の遂行はほぼ不可能だ。だが、デカダ中佐の娘が行方不明であり、そこへの配慮のために救助作戦は行わなければいけない。だが軍の基地撤退も完遂させなければいけない。

 我々の遅刻が許されないということは、マーリアは恐らくイルトーレが既に死んでいると考えているのだろう。イルトーレが死んでいれば、魔法器の回収は困難だ。

 つまり…。キキョウはこの作戦の目的を完全に理解した。


 名目上、遂行すべき任務は二つ。魔法器の回収とイルトーレの救出。

 だが実際のマーリアの狙いは、ルコヤ第三派遣基地に火を放ち、建物ごと魔法器を破壊。魔法器が奪われるリスクをなくし、また魔王軍の前線基地も破壊することで、王立軍によるルコヤ撤退を気取られないようにし、これ以上の侵略を足止めするということだろう。だが、イルトーレが潜んでいる可能性がある基地に正規軍が火を放てるわけがない。よって我らが囚人部隊の出番というわけだ。


「新しい隊長さんはどう思うんだよ」

 ジャレがキキョウを睨みながら挑発する。

「聞いた限りじゃ、こんなミッションは不可能だ。なんか勝算はあるのかよ」

 キキョウは自分の決意を示すため、きっぱりと言い放つ。

「そんなものは無い。我々はただ命令に従うだけだ」

 チャルミーから無言の抗議の目線がキキョウに送られてくる。ゴルマはぼんやりと天井を眺め、サリーナは先ほどから「魔法器が130!魔法器が130!」と目をキラキラさせながらはしゃぎ続けている。ポーラは自分が今置かれた状況を改めて理解したのか、泣きそうな顔でただオロオロと辺りを見渡している。

 ジャレが机を蹴り、翼をバサバサとはためかせる。

「舐めるなよ!?俺たちは囚人だが、むざむざ死にに行くようなつもりは無いんだ!こんな無謀な任務、無計画な作戦に同行なんてできるか!」

 キキョウだってそう思っている。どう言い返そうか考えていると、ジャレが追い打ちをかけてきた。

「そもそも、俺らの隊長になるなんて、お前もどうせ仕事でミスしたクソ野郎なんだろ。どんな事してここに来たんだよ。新隊長さんよ!」

 こちらの質問の方が答えやすそうだ。キキョウは表情を崩さず、部屋全体を見渡しながら言い返すことにした。マーリアがこちらを睨んでいるが、気にしないで白状してしまおう。


「自分は命令違反で部下25人を無駄死にさせた。部隊が壊滅状態になった戦闘だったが、自分はのうのうと生き残った。命令違反、敵前逃亡が俺の罪状だ」

 先ほどまで話に集中していなかった囚人メンバーにグッと緊張感が走るのがわかる。ファルトは目を見開いてキキョウを見つめている。

「これをお前たちがどう捉えても自由だ。今回の任務も、やれる限りのことはやるつもりではある。ただ、自分は死ぬのが怖い。だから、いざという時、俺は自分が生き残る道を選ぶと思う。その時、軍人らしく命令に従うのか、臆病者の俺と同じ道を選ぶのかは、各自で判断してくれ」


 上官を前にして言えるギリギリのメッセージだろう。まさか「生き残りたければ命令無視して俺についてこい」とは口が裂けても言えない。

 自分の意図が伝わったかどうかはわからないが、会議室はしばらく沈黙に包まれた。

 皆が俯き微妙な空気が流れる中、マーリアがパンパンと手を叩く。


「あんたたち、ここでぼさっとしていると時間がどんどん過ぎるわよ。中庭にみんなの装備一式準備したから、今すぐ取りに行って。毛玉部隊と呼ばれてる、あんたたちの汚名を返上する機会を与えられるだけでも感謝しなさい」

 ジャレとチャルミーが不満を垂れ流しながら、第5分隊のメンバーが部屋を出ていく。ファルトに続いて部屋を出ようとしたキキョウを呼び止める声がした。


「キキョウ伍長。少し話したいことがある。ここに残ってくれ」

 ブリーフィングルームにはキキョウ、マーリア、そして今声をかけてきたデカダの三人が残った。

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