第5話【吐き出される毛玉たち】

 檻の中の暗がりから、ゆっくりと一人目の囚人が降りてきた。

 ショートカットの真っ赤な髪。それをかき分けるように頭頂から生えた大きな猫耳。オレンジ色の囚人服を着ているが、猫族特有の引き締まった身体であることは見て取れる。金色の瞳とキリッとした目つき、時折口元から覗かせる小さな牙が小柄な身長もあってか一見すると少年のような印象を受ける。だがしっかりとした胸の膨らみはその獣人が女性であることを主張している。獣の血が薄いのだろう。種族の顔がそのまま出ているファルトとは対照的に、彼女の顔やズボンからはみ出している足は人間と全く変わらない。

 キキョウはマーリアから受け取った書類を横にいるファルトのために読み上げる。


「チャルミー・ハミルーマ。女性。猫科。18歳。約三年前に入隊。六ヶ月前、口論がきっかけで少尉を含めた5人の人間を軍基地内にて暴行。そのうち3名は即時入院。その重症度合いは今後の部隊復帰が不可能なレベル。軍法会議にてハミルーマの懲役部隊編入が決定。まあ獣人の力で殴られれば、例えゴリゴリの軍人が束になって立ち向かっても歯が立たないだろうな」

 俯きがちに出てきたチャルミーは手錠をかけられ、尻尾に金属製の重石を付けられた上に、背中から体を紐で繋がれている。その紐を兵士が二人がかりで掴み、更に後ろから槍を突きつけられたまま彼女は基地内に連行されていった。目には光が無く、自分の意思など無いような無表情だ。そんな彼女がチラッとキキョウの方を見た。その目に一瞬光が宿った気がしたため、キキョウもチャルミーを見つめ返したが、すぐに彼女はまだ俯いてそのまま基地の中に連行されていった。

 彼女の背中を見送っていると、キキョウの耳にギギギと馬車の車輪が軋む音が入った。


 次に降りてきた囚人の体重で金属製の檻が大きく揺れる。

 そこには2メートルを超える身長の白熊が立っていた。今回は人間に見える箇所が一つもない。オレンジ色の服はサイズがあっていないのかパツパツだ。囚人輸送用の馬車もそこまで大きくない。背中を丸めてやってきたのだろう。白熊が突然大きな口を開けて伸びをする。二足歩行をする白熊というだけでぱっと見でもかなりのインパクトがある。その上歯を剥き出しにしてあくびをしているその迫力に、周りを取り巻いていた兵士たちが少したじろぐ。

「ゴルマ・ドルミノ。男性。熊科。まあ白熊だな。35歳。約10年前に入隊。1年と三ヶ月前、食糧庫に侵入し15人分の兵隊の食料を一人で完食。事態の露呈を恐れ基地から脱走を図り逮捕。その過程で武器庫に火を放ち、約120名分の装備、および魔法器を破壊した。つまみ食いは笑って済ませられるが、敵前逃亡と器物破損は重罪だ。軍法会議にて懲役部隊編入が決定」


 魔族との戦争中で無くとも、このアルンテミアでは武器、特に魔法器は超貴重品だ。

 武器は普段兵士が装備している鉄製の剣や槍、つまり魔法を使用しない物を指す。

 魔法器は文字通り、魔法の力を入れ込んで作られている。炎の魔法を筒に封印し、トリガーを引くことによって瞬時に敵を焼き尽くす火炎砲。氷の魔法を封印した冷凍砲などもあるが、最も一般的なものは鉄の弾丸を筒に入れ、封印した風魔法で一気に発射する鉄砲だろう。これは部隊長などのクラスから所持が許され、一等兵や二等兵はまず持つことすら許されない。

 それは魔法器に封印する魔法を、ほとんどの人間や獣人が使えないからである。魔法は遺伝による継承がほとんどで、魔術師の家系の人間は生まれつき魔法が使える。ただ時々全く血筋と関係無く魔法使いが生まれることもあるが、これは相当なレアケース田。獣人は蛇族は全員使えるものの、他の種族も人間と似たり寄ったりである。

 故に、魔法器は人間と獣人が暮らしている世界ではほぼほぼ注目を浴びなかった。しかし、突如姿を現した魔族は、その名の通り魔法を使う。炎や風のような簡単なものはもちろん、電撃や地形を変える土魔法、上位種は幻視や睡眠といった複雑な魔法を使える物もいるらしい。

 人獣類は急いで魔法器の製造に取り掛かるが、全兵士に行き渡るほどの大量生産も不可能であり、結果として一般の兵士には手の届かない、超貴重なアイテムとなった。

 それを破壊したのだ。軍部としては銃殺でも生ぬるいといった所感だろうが、人名は奪っていないためギリギリ懲罰部隊行きとなったのだろう。


 ゴルマもチャルミーと同様に背中から紐で繋がれているものの、人間の兵隊との身長差がありすぎて、むしろ兵隊がゴルマによって散歩させられているように見えてしまう。だがゴルマは特に抵抗するでもなく、スゴスゴと基地の中に入っていた。


「ここですか!?降りていいんですか!?」

 檻の中から、ずいぶん甲高い少女の声が聞こえる。ガコン!と勢いよく飛び出してきたのは、身長140センチほどの少女だった。彼女もほとんどは人間の姿をしているが、頭からは栗色の髪をかき分け、犬の耳が二つぴょんぴょんという感じで生えている。

 表情は囚人とは思えぬ満開の笑顔。会う場所が異なればあまりの可愛さに無意識に頭を撫でてしまいそうになる程の愛嬌がある目。

「どこですか!?ここはどこですか!?私は今どこにいるんでしょうか!?」

 尻尾を振りすぎて背中に結えてある紐もブンブンと揺れている。

「あんな子も、囚人なんでしょうか?」

 ファルトが久々に声を発する。同じ犬族なのと、どう見ても犯罪者に見えない彼女のビジュアルが、少し彼を安心させたのだろう。

「サリーナ・エリフォール。女性。犬科。15歳。八ヶ月前に入隊。かなり若手だが、天才的な頭脳と卓越した魔法器製造センスが評価され早期入隊が認められた。だが…」

 ファルトが不安そうな顔でこちらを見ている。

「彼女が暮らしていた寮の部屋から、手作りの魔法器が大量に発見された。そのうちのいくつかは、風魔法を火薬や大量の酸素、釘を入れたボールに封印した爆弾の類であり、発動すれば寮全体が吹き飛ぶほどの威力を持っていた。そんな代物が、特に管理もされず大量に床に転がっていたそうだ。

 銃器不法所持はもちろん、その魔法器の殺傷能力から殺人未遂の罪も適応され、軍法会議にて…以下同文」

 やっていることは完全にマッドサイエンティストだが、サリーナの外見は一切そんな印象を抱かせない。そこがまた彼女の強烈に恐ろしいところである。

「こっちに行けばいいんですか!?あなたは誰ですか!?武器は普段何を使ってます?あ、そこの狼の人!こんにちは!サリーナです!わんわんわんわん!!」

 ファルトに声をかけたサリーナは全力でこちらに走り出そうとしたものの、複数人の兵士によって無理やり紐で引っ張られながら基地の中に連行されていった。


「汚ねえ手で触んな!ぶっ飛ばされてぇのか!」

 今日聞いた中で一番囚人のようなセリフが聞こえる。馬車から降りて来たのは、鳥系の獣人だった。背中から生えた羽根は鎖で縛られ飛べないようにされている。ズボンの下からは鍵爪のついた足がのぞいているが、それ以外は全て人間と変わらない。色黒の肌と白い髪。痩せ型ではあるが筋肉はしっかり付いているように見える。外見的には一番軍人のように見えるが…。

「なんだてめぇら、見せもんじゃねぇあっち行ってろ!じゃなきゃ金くれ!見物料だ!!」

 圧倒的な態度の悪さで周りの兵士や、キキョウとフォルトに向かって喚き続けている。

「ジャレ・スコトラ。男性。ワシの獣人。28歳。3年前に入隊。風の魔法が使える。鳥類の兵士は大変貴重であり活躍を期待されていたが、敵前逃亡、命令違反の常習犯。機密情報を他部隊員に販売して収益を得たり、上官の馬を勝手に逃したりと言った軽犯罪も重なり、2年前に懲罰部隊に編入。この懲罰部隊の最古参だな」

 常に死と隣り合わせのミッションばかりこなす懲罰部隊にいて、2年間も生き延びることなどほぼ不可能だ。恐らく危険になる前にさっさと逃げ出していたんだろう。態度は最悪だが、メンタル的には「死ぬより逃げろ」をモットーとするキキョウに近しいものがあるかも知れない。

 はめられた手錠をブンブンと振り回しながら、ジャレが基地内に連行されていく。


「おっ、次が最後だな」

 最後に降りてきたのは、これもまたかなり人間に近い、特に胸の辺りが戦闘の時には相当邪魔になるだろうな…という、モデル体型のグラマラスなお姉さんだった。耳はかなり小さくふさふさの髪に隠れてほぼ見えないが、まるで大きなクッションのような尻尾は、一見すると先ほどのサリーナの身長ほどは有るのではないか。

 顔立ちもかなり整っており、軍人ではなく、モデルやお金持ちの妻になった方がよほど幸せだったのでは無いかと思ってしまう。ただ表情は非常に不安げで、体を窄めて小刻みに震えている。それがまたギャップを引き立たせるため、思わずキキョウを含めた兵士たちも身を乗り出してしまう。

「ポーラ・パトノ。見ての通り女性。リスの獣人。18歳。従軍看護婦として2年前に入隊。熱心に業務に励み、自身の持つ回復魔法も相まって野戦病院での評価は非常に高かった。しかし、調査の結果入隊直後から軍の備品はもちろん同僚、上官、負傷兵の私物を窃盗、持ち逃げしていた。人当たりも良いため発覚が遅れたが、彼女の隠した盗品の山が自室から溢れ出ていたのを発見されその場で逮捕。転売等はしておらず、ただ盗んで溜めておくだけだったためほぼ全ての備品は持ち主に返却できたが、仮釈放後も窃盗癖が抜けなかったため今回から懲罰部隊に…。まぁメディックがいるだけでも有難いな」

 ポーラは不安げに周りをキョロキョロ見ているが、誰とも目を合わせずそのまま基地の中に連れられて行った。


 キキョウは手に持っていた資料をくるくると丸めながらファルトに話しかける。

「先ほどの5人が、今回の作戦を手伝ってくれる、生死を共にする仲間たちです。中々ユニークなメンツでしょ。罪の重さで部隊が分けられている通常の懲罰部隊とは異なり、獣人という種族に特化した特別編成の部隊。それがこの、第5分隊です!」

 盛り上げるつもりの発言だったが、ファルトは大きなため息をついたまま俯いてしまった。落ち込んでいる彼に次になんと声を掛ければ良いか考えているキキョウの背中に声がかかる。


「檻に入ってた毛玉は全部吐き出された?ブリーフィングルームで作戦会議するから今すぐ来て。キキョウ、あんたが奴らの首輪なんだから、しっかりしなさいよね。あ、ファルトさんもご一緒してください」

 マーリアが出入り口からひょっこり顔を出しながら、こちらを手招きしている。

「了解。今すぐブリーフィングルームに向かいます!」

 キキョウの本心としては、今回のミッション内容がなんであれこのメンバーで任務遂行ができる可能性は1パーセントに満たないと思っている。しかしそれを態度に出すといよいよファルトが立ち直れなくなりそうなので、職務に熱心な軍人を演じることでファルトのモチベーション回復を図ってみた。それの効果があったかどうかはわからないが、マーリアたちの元に向かうキキョウの後ろをファルトが付いてきてくれたことに、キキョウは少しだけ嬉しさを、それと同時に圧倒的な申し訳なさを感じながらブリーフィングルームのドアの取手に手をかけた。

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