第11話【言葉が通じるなら、騙せる】

「道を行こう」

 キキョウの発言にゴルマがブンと鼻を鳴らす。

「見つかったらどうすんだよ。その度に隠れるのか?」

 ジャレが寝癖を撫でながらあくびをしている。この感じでは昨晩は見張り当番の時も寝ていたのだろう。

「いや、そんなことしなくてもさ。今の俺たちの格好を見てみろよ」

 全員、森で寝ていたため服は土まみれでかなり汚れている。

「この格好で歩いてれば、まさか王立軍の兵士だとは思われないだろ」

 ポーラが自分の服の匂いをクンクンと嗅いでいる。

「魔王軍に化けろってことですか!?」

 サリーナが毛を逆立ててキキョウに牙を剥いている。

「そっちの方が安全なんだよ。昨日みたいに待ち伏せの恐れもないし、早く基地につけるに越したこともないし。言い方は悪いかも知れないけど、獣人の魔王軍なんて珍しくもなくなってきてるしさ」

「あんたはどうするの?人間のあんたは見つかり次第殺されるでしょ」

 チャルミーが服についた埃をパンパンとはたきながらキキョウを見つめる。

 キキョウは事前に手に持っていた紐をチャルミーに差し出した。

「チャルミー、俺を縛ってくれないか?」


 手を後ろに縛られたキキョウを先頭に7人が道を歩いていく。

「敵にあったら段取り通りにやってくれ」

 キキョウは隊長らしく振る舞っているが、その格好はかなり間抜けだ。

「敵が見逃してくれなかったらどうするの」

 チャルミーが呆れ顔で後に続く。

「その場合は俺が突然背中に隠した短剣で敵を刺す。敵が動揺してる間に、各々魔法器を乱射してくれ」

「危険。いい考え、じゃない」

 ゴルマが珍しく作戦に対して意見を言っている。

「あの、痛かったら治療しますから、いつでも言ってくださいね…!」

 ゴルマの肩に乗ったポーラが話しかけてくる。

「本当に…大丈夫なんですか?」ファルトが眉をひそめている。

「大丈夫だって。俺は捕虜。ルコヤ第3派遣基地に隠された物資の場所を知る人物だから、生きたまま護送中。危険は無いから追加の護衛は必要なしって説明さえできればいいから。それに頭の悪い奴らだらけでも、紐で縛られて運ばれてる人間一人をわざわざ殺そうとはしないだろ」

 魔族は人間の言葉は喋れないが、独自の言語体系は持っている。頭の良い個体は魔族語と人間語が使えるバイリンガルというわけだ。

「でも、魔法器って言葉は出すなよ?相手だって喉から手が出るほど欲しいんだからさ。食力とかその程度にしといてくれ」

 サリーナは先ほどから起こっているのか、尻尾の毛がずっと逆立っている。

「ちなみに、魔族語を話せるやつはいる?」

 人間の言葉が話せる魔族がいるなら、魔族語が話せる人間や獣人もいる。しかしこれには特殊な訓練が必要だし、何より獣人で魔族語が話せるなんてほぼ魔王軍に属する裏切り者だ。もちろん誰一人反応する者はいない。


「お前、本当は喋れるんじゃないか?」

 ジャレがいやらしい笑顔を浮かべながらファルトを舐め回すように見た。

「なんですか突然!」

「お前、基地が襲われた時どこにいたんだ?魔王軍を手引きしてたんじゃないか?」

 ファルトが助けを求めるようにキキョウを見るが、残念ながら現在手を縛られてボロボロな格好をしているキキョウは、とても頼りがいが有りそうに見えない。

 他のメンバーもただ黙ってファルトを見つめている。ファルトはわざとらしく大きなため息を吐いた。

「僕は基地が襲撃された時は、街に買い出しに来てたんです。月に一回、部隊の方何人かが本部に戻られるので、それについて行った時に基地が襲われたんです。僕は本部で基地陥落の報告を聞いたのですが、デカダ大佐から、イルトーレ様が生きているかもしれないと言われたのもその時です」

「何を買いに行ってたんですか!?」

 ポーラが目をキラキラさせながら尻尾を振っている。

「紅茶とか、お菓子とか、イルトーレ様がプライベートで食べられる物ですね。いつもイルトーレ様は当番兵ではなく、護衛の自分に買い物を任してくださいます」

「そんな女のために俺は死にたくねぇよ。もう死んでたことにして早く引き返そうぜ」

 ジャレがファルトの話など興味が無いというように服についていた葉っぱを払う。

「あなたたちの任務はイルトー…」

「ヘックシ!!」

 流石にファルトも言い返そうとした時に、キキョウが特大のくしゃみをした。

「そんな大きい音立てて、敵に見つかったらどうするの」

 チャルミーは先ほどからずっと呆れ顔だ。

「いや、俺、危険が迫るとなんかくしゃみが出ちゃうんだよね」

「そんなダサい能力はいらないですわん…」

 サリーナが可哀想な人を見る目でキキョウを見てくる。

「…敵が来る。みんな、あとはよろしく」

 チャルミーが目を凝らすと、遠くの道の先からドヤドヤと魔族の大群が迫ってくるのが見えた。どうやらキキョウの危機察知能力は正確に作動したようだ。


 魔王軍が20メートルほど前に迫った時、キキョウがチラッとチャルミーを見た。チャルミーは少し顔を顰めた後、キキョウの背中を思いっきり蹴飛ばした。打ち合わせでは“少し足を当てる”だったはずが、思いの外チャルミーの体重が背骨に響いてしまい、キキョウが演技か本当かわからないようなくぐもった呻き声を出して倒れ込んだ。

 その様子を見て、魔族の先頭を歩いていた身長2メートルを超えるオーガ種が足を止めた。全身真っ赤な肌。頭に二本生えた角。ギラギラとした金色の目は、チャルミーやファルト、そして倒れているキキョウをジロジロと観察している。

「この!さっさと立て!」

 チャルミーがキキョウの腕を掴み無理やり立たせる。キキョウはオーガと目があった途端大声で喚き始めた。

「助けてくれ!殺さないでくれ!!」

 オーガがゆっくりキキョウたちの方に向かってくる。すると突然ジャレがオーガの前に躍り出た。

「いよっ!今日はまた日差しも暖かくていい天気ですね!我々は捕虜を運んでるだけの雑用でね、何かありましたか?」

 溢れ出る小物感はわざとやっているのか本人から滲み出ているのか判断ができない。オーガはジャレを完全に無視してキキョウの目の前までやってきた。

「ナニヲ、シテイル」

 オーガがゆっくりと人間の言葉で話しかけてくる。言葉が通じるなら、騙せると言うことだ。

「捕虜を連れてくんだ。基地の物資の場所を知ってるらしいから、こいつに案内させる」

 チャルミーがキキョウを縛っている縄を掴んで引っ張る。

「ブッシ、トハ、ナニカ」

 オーガがジロジロとゴルマたちを見回す。

「魔法器です!ルコヤの基地に大量の魔法器が隠されてるみたいでして」

 ジャレは自分が肩からぶら下げている魔法具をオーガに見せつける。

 キキョウとチャルミーがペラペラと喋るジャレを睨む。ポーラとファルトは先ほどからずっとオロオロしている。

 オーガはしばらくキキョウを見つめたあと、後ろで待機していた魔族の隊列に何かを指示し始めた。魔族語なので何を言っているかわわからないが、ゴブリン兵の一団と、ローブをかぶって牙を剥き出し、灰色の皮膚をしたグールが一人、キキョウたちの前に整列した。

「ヤツラ、イッショニ、イク」

 オーガが背後を指差しながら言う。

「いや、必要ない。こいつは捕虜だし、危険は全然無くて…」

「イッショニ、イク。マホウグ、ハコブ」

 チャルミーの抑止を聞かず、キキョウたちの周りをゴブリンが取り囲む。グールが何かを喚きながらキキョウのところまでやってきて、鋭い爪でキキョウの顔を叩いた。キキョウの頬から、爪で引き裂かれた跡に沿ってゆっくりと血が流れ始める。

 サリーナがゆっくりと自分の魔法器の引き金に手を伸ばすが、それに気づいたゴルマが少ししゃがんでサリーナの腕を抑える。

 オーガは再度ゴルマたちを一瞥すると、魔族の一団と一緒に再度進み始めた。

「あ、俺もそちらについて行かせてくださいよ!今来た道なんで、案内とかもできますよ」

 ジャレがオーガの横に走って行き黄色い声を出している。今のキキョウたちにはジャレを止める術がなく、ただ我慢して見ているだけだ。

「オマエ、イラナイ。ウルサイ」

 オーガはジャレの方を見ることもなくドスドスと歩いていく。ジャレはキキョウたちの方を振り向くと、やれやれという表情をして肩をすくめた。みんなの周りに魔族さへいないければ、仲間から袋叩きにあっていただろう。


「じゃ、じゃあ、行く…か…?」

 オーガたちが去った後、チャルミーが少しだけキキョウの顔色を伺いながら歩き出す。傷の痛みに呻くキキョウを、グールがニタニタと笑いながら魔族語で何かを言った。それに反応して周りのゴブリンたちもゲタゲタと声をあげて笑い始める。


 キキョウたち7人は、24体のゴブリンと、そのリーダーらしいグールと一緒にルコヤ第3派遣基地を目指すことになった。

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命令違反で生き残れ!獣人特務部隊、何がなんでも生還します! 瀬川正義 @rocketeer

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