第10話 ただ喋らなかった


あ~あっやっぱり死んじゃったのね。


『白銀の勇者』の物語だから仕方ないか。


白銀の勇者という物語は幾つかのオムニバスで書かれている小説で何人もの勇者が出て来るのよ。


その中の主要人物の1人が勇者ゼルだったの。


ゼルもマリアも自分が主人公の様に思っていたけど、本当は違うのよ。


確かに主人公ではあるけど、前半のオムニバスの一つの物語の主人公。


魔王を倒す、本物の主人公じゃないわけ。


本物の主人公は、最後に出て来る、白銀の勇者、銀髪、碧眼の男の子『ジェイク』なのよ。


その勇者が魔王を倒すまでの物語。


特に前半は、勇者や英雄が沢山描かれて、そしてその大半が悲惨な末路をたどり、数々の悲劇が書かれているのよ。


その中の1人がゼル.


ゼルはジェイクが勇者になる、かなり前の勇者だったわけ。


つまり、主要人物だけど、主人公じゃなくあくまで、マモンという魔族の四天王に関わるだけの存在。


魔王と戦う主人公、カッコ良いキャラクターじゃないわけね。


物語では、面白可笑しく、マモンを見つけた時の対応から『最低の腰抜け勇者』として書かれていたわ。


何しろ旅の途中でマモンに出会い、土下座をし命乞いをし、最後は泣きながら、走り出して逃げ出したんだから、凄いわよね。


たしか、マモンのセリフに『お前みたいな奴と戦ったら、俺の名前が汚れるわ』


『お前など勇者を語る資格はない…女神も耄碌したものだ、がはははっ』


そんなのがあった気がするわ。


でもね…羨ましい事に、その後は2人して逃げ延びた先で凄腕の冒険者として活躍するのよ。


最初は凄く無様に思っていたんだけど…


その後、何人もの英雄や騎士が殺された事から、彼等が戦わなかったのは正しい判断だった。


沢山の読者はそう思ったわ。


無様だけど生き延びて、そして魔族と縁のない土地で冒険者になった彼らのサイドストーリーは見ていて楽しかったわ。


だけど、どうして彼らはそんな道を選んだのか?


不思議に思わない?


勇者と聖女に選ばれたゼルとマリア…


普通なら土下座までして命乞いなんてしないでしょう?


戦って勝てそうにないなら兎も角。


戦いもせず、いきなりの土下座しての命乞いよ。


普通なら、あり得ないわよね?


だけど、それにはしっかりとした理由があるのよ。


『なんで逃げたのか?』


その理由は、もう一人の幼馴染の影響が強かったの。


物語には、亜麻色の髪の名前も出て無い幼馴染の女の子が居たの。


多分、それが私、だって『亜麻色の髪の女の子』はこの村にも近隣の村にも私しかいないもの。


しかも、幼馴染という設定だから間違いはないわ。


幼いころに、目の前で父親をマモンに殺された少女。


それが私だったのよ。


◆◆◆


三人家族で、王都迄買い物の帰り道、偶然マモンに出くわしてしまった不幸な家族。


それが私の家族だった。


記憶は薄っすらとはある。


母さんやまだ幼い私を守るために父さんは戦った。


小さな村の冒険者、冒険者とは名ばかりで平和な村だから、父さんの姿は畑仕事をしている姿しか記憶にはないわ。


それでも父さんは戦った…そして殺された。


幼い私を抱えながら命乞いをする母親。


土下座しながら…


『この子だけは、この子だけは助けて下さい』


そう叫んでいたのを覚えている。


『お前は何を言っておるのだ! 俺は無頼漢じゃない!弱い者や戦わない者は相手にせぬ』


そういって去っていった。


父さんは戦わなければ…死ななかった。


それが私も母さんもショックだったわ。


そして、母さんもそれから暫くして、体を壊し死んでしまったわ。


◆◆◆


この私の悲惨な体験こそが二人が助かる伏線だったのよ…


幼馴染が勇者、聖女になった時に、物語では、私がマモンの恐怖を話すから、2人はマモンと戦う事なんて選ばなかったの。


それ処か、物語ではマモンを見た瞬間に土下座して命乞いしたわけね…それが通じると知っていたから。




でもね…だからこそ私は『マモン』の事を一切喋らずに接したのよ。




この世界で真面になっていたら、私は、マモンの怖さを語ったかも知れない。


だけど、この世界でも碌でもない人間だった。


だから…私はマモンの恐怖を語らなかった。


これが、私の復讐。


『彼等には何もしない』


私は、彼等の前でマモンの話を全くしなかった。


それだけだわ。


ただ語らなかった、喋らなかった。


それだけで終わるんだから…何もする必要は無かったの。


「今日も暑いわね、畑仕事が大変だわ、頑張ってお金を溜めるわよ」


只の村人のモブの私は、何時かお金を溜めて王都で学者として生活する為、今日も畑を耕して生活していくのだった。



                          FIN



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る