ナンパしたら推しの配信者だったぽい
燈芯草
プロローグ
よし、ナンパをしよう。
そう考えたのは長い夏休みを終えて、過ごし易くなった十月初め頃だった。
今年は異常気象のせいで猛暑が続いたために、この夏の殆どを家で過ごした。そして、再び始まった大学生活で私はため息をついた。中学以来からの親友に彼女ができたのだ。彼だけは裏切らない(自分よりは遅い)と思っていたためにダメージが大きい。
さらに大学で知り合った友人も、久しぶりに連絡した地元の友人も、ちょっといいなと思っていた先輩も、私が休みを貪っている間に誰も彼も恋人ができていた。
焦りを覚えた私は近所に住む幼馴染へ胸の内を明かした。しかし、「友達としか思えない」という優しく残酷な断り文句が私の胸を貫いた。
だが、それで挫けるほど柔ではない。今度はバイト先の先輩へ連絡をした。しかし、答えは「ごめんなさい。」
三度目の正直は前期に共に授業を受けた大学の同級生だ。しかし、結果は未読スルー。
そして、私の心はポッキリとスッカリ折れた。
彼女をつくることを諦めていた時、友人がナンパした女性と交際を始めたと聞いて耳を疑った。成功体験を身近で聞いたためか、謎の自信が湧いた私は渋谷に降り立った。
かといって純粋に恋愛がしたいという想いは変わらない。純粋とは何かという話は置いといて、端的に言うと身体目的ではない!断じてない!しかし、一要素として容姿から入るのはナンパという行動からして仕方がないだろう。
「そう上手くはいかないか…」
私は人混みのなかに立ち尽くしていた。何人もの女性が通り過ぎていったが、容姿を確認する以前に顔を見れない。彼女いない歴イコール年齢の童貞では見知らぬ女性の顔を覗くなんて不可能だったのだ。
「やっぱ俺には無理なんだ…帰ろう。」
私は諦めて帰路を辿り、地下鉄への階段を下る。電車が丁度着いたのだろう。多くの人が上がって来る。それはサラリーマンから外国人に女子高生、そして金髪のギャルまで。
「あの!」
気が付けば私は彼女に声をかけていた。
「お茶とかって…どうですか?」
生まれて初めてであり、人生最後のナンパだった。
「大丈夫です。」
彼女は淡々と言うと、すぐに再び歩み始めた。私はその後ろ姿に何も言えなかった。
"チャリン"
彼女の鞄から何かがこぼれ落ちる。それは跳ねに跳ねて階段を下り落ちた。しかし、私の視線は彼女に囚われていた。金色の長い髪にモデルのような小さな顔、それに相反する大きな胸に肩を出した赤いニットはとても魅力的である。
「あ!落としましたよ。」
私は急いで駆け降りて落とし物を確認する。どうやら鍵のようだ。私はそれを拾うと急いで彼女を探すが、すでに彼女の姿は見えなかった。
「まいったな。」
私は手元に残された鍵を見た。家の鍵と思わしき物にストラップが付いている。これは…めらちゃんの限定ストラップじゃないか!
めらちゃんとは、人気ストリーマー(インターネット上で動画などを配信する人)であり、大手事務所のタレントでもある。顔も本名も謎に包まれた彼女だが、その明るさとユーモア、声の可愛さなどから多くのファンがいる。このストラップはその彼女が出演する事務所主催のイベント時に販売していた限定ストラップである。私は惜しくも購入できずに、あの日寝坊した自分を強く責めていた。
もしかして彼女もファンなのか!友人が少ない私にとって同じ、めらっ子(めらちゃんファンの総称)はとても貴重だ。断じて可愛かったからお近づきになりたいという訳ではない…八割ぐらいは違う。
私は彼女を探すことにした。鍵を警察に届けることも考えたが、もし彼女が家の前で鍵を無くしたことに気が付いたらショックに違いない。まだそう遠くへ行っていないはずだ。
私は探した。地下から地上。交差点から路地まで。ギャルが行きそうな場所をしらみ潰しに探した。しかし見つからない。
はあ。そう都合良くいかないよな。警察に届けるか。
そう考えながら歩いていた時に思い出した。めらちゃんの所属するC.lover《シーラバー》株式会社の本社がこの渋谷にあるのを。もしかしたらという希望を胸に私は渋谷に
外からエントランスを覗いてみると、そこにはスーツを着た人々が忙しく無く動いている。
この場にギャルは合わないな。
去ろうと一歩踏み出したが、視界に不作法に映る彼女がいた。
「すみません!」
ビルから出てきた彼女に駆け寄ると、驚いた表情で叫ぶ。
「ス、ストーカー!」
その甲高い声は周囲の注目を集めてしまう。
「ち、違います!これ!これ!駅で落としましたよ!」
鍵を見せながら、これまで経緯を話して弁明をする。彼女は少し俯いて考えると突然、私の手を引いて歩き始めた。
「場所を変えましょう。」
周りの視線を気にしたのだろう。彼女に連れられるままに人気の少ない路地に着いた。
「えっと…話を整理すると、貴方は私が落とした鍵を拾って、わざわざ届けに来てくれたってことです?」
「はい。自分も昔に家の前で鍵を無くしたのに気が付いて大変だったんで。」
「えっと…あの…すみません!ストーカーとか言ってしまって…」
「いえいえ。あの状況だったら誰だってそう思いますよ。(ストーカーはあながち間違えではないかもしれないが。)とりあえず、これどうぞ。」
「あ、ありがとうございます。でも、よく見つけられましたね、私のこと。」
「そのストラップ、めらちゃんですよね?」
「え?」
「俺、実はファンなんですよ。めらちゃんの。もしかしたらと思って一か八かで来たんですけど、まさか会えるなんて。」
「ハハハ…ソウナンデスネー」
「では、自分はこれで…」
この時の私の心臓は有り得ない速度で鳴っていた。女性との会話を殆どしてこなかった私にとって、この場は非常に恐ろしかったのだ。先刻のナンパ勇気は何処に行ったのだろうか。直ぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だった。
「待って下さい!」
幸か不幸か彼女が呼び止める。
「御礼をさせて下さい。」
こうして私の人生初のナンパは遠回りではあったが成功したのだった。
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