あのバンド

結局、彼に真実を伝えることができなかった。メイド服を着たいなんて虚言で誤魔化した自分が情けない。蓮は、私の正体を知ったとしても嫌いになるわけないって分かっているのに、どうしても不安になってしまう。


「星宮さん?聴いてます?」


マネージャーが顔を覗き込んでくる。


「あ、すみません。大丈夫です。」


午後はイベントの打ち合わせだった。


「本当ですか?最近、ずっと悩んでいる様に見えますけど。」


「いえ、本当に大丈夫です。」


「はあ、私も舐められたものです。ずっと星宮さんのマネージャーをしてきたんです。分からないわけないじゃないですか。やっぱり出演やめときます?」


「いや!出ます!いつも皆さんのお世話になってるのにこんな事で迷惑かけれません。」


「でも、皆さんが嫌な思いをしないようにするのも私達の仕事でもあります。不安があるなら言ってください。」


「私…感謝しているんです。昔の自分は我儘で生意気で…人に好かれるような人じゃなかったのに、色んな人達に支えられたおかげで今の私があると思うんです。だから恩返ししたいんです!」


私がそう言うとマネージャーは驚いた様子で目を見開いた。


「ま、まさかあの星宮さんからそんなセリフが出るとは…変わったんですね。もしかして、彼氏さんのおかげですか?」


「え?えへ、そ、そうですか?そうかもしれません。まあ、今は彼のことで悩んでいるですけどね。」


「というと?」


私は事情を伝えた。するとマネージャーは予想外の反応示した。それはまるで緊張の糸が切れて笑っているようだった。


「な、なんだーそんなことかー」


「そ、そんな事って何ですか!私、凄い悩んでいるんですよ!」


「いやー悩みとか言うから引退とかかと思いましたよ。それに、めらちゃんに無理矢理、顔出しなんてさせませんよ、ふふ。」


「え?どういうことですか?」


話を聞くと、どうやら会場の都合上、オンラインでの参加は難しい為、オフラインのみの参加だが顔を出さないように工夫をしてくれるということらしい。


「な、なんだー私、早とちりしちゃいました。」


「ふふ。まあ、でも結婚する前に彼氏さんには伝えないとですね。」


「け、結婚?!」


「まあ、これでイベントへの後ろめたさは無くなりましたかね。ふー良かった。今回のイベントは力がはいってますからねー」


私がその発言に対して不思議そうな顔をするとマネージャーはニヤリとする。


「今回、外部からたくさんのゲストを呼ぶ予定なんですよ。オープニングなんか有名なバンドさんに頼もうって話で、っとこれ以上は秘密です。」


へー有名なバンドね。


こうしてこの日の打ち合わせは円滑に終わり、空がオレンジ色に染まり始めた頃、れんくんから外食の連絡が入った。夕飯をどうしようかと悩んでいると偶然にも咲と会った。


二人でエビが美味しいと噂の店へと足を運ぶ。揚げたエビから焼いたエビ、様々な調理法でできたエビ料理がテーブルを埋め尽くす。私達は写真を撮ると早速、芳醇な香りを放つエビに手をつける。


「そういえば聞いた?今回のイベント、ゲストを呼ぶってー」


「うん。なんか有名なバンドを呼ぶとか。」


「あーそれ未だ分からないらしいよ。なんか依頼した事務所がまだ誰が来るか教えてくれないらしい。スタッフと人が話してるの聞いちゃった。」


「ふーん。」


「ねーねー。友莉は誰が来て欲しい?私はーあの今人気の何とかってバンドー」


「何とかってなんも分かんないんだけど。」


「だってバンドの名前って覚えづらいんだもん。あ、でも翠が好きだったバンドなら覚えてるよ。えっとー『SuMMER』だよ。」


「『SuMMER』?」


「あれだよ。一時期、実力派高校生バンドでテレビに出てた人達。」


_______


「またバンドやらへんか?」


「え?」


「俺らの『SuMMER』をもう一度やろうや。」

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ナンパしたら推しの配信者だったぽい 燈芯草 @tousinsou

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