初日

友莉ゆりと交際を始めてから一年が経ち、彼女の家へ引越する日がやってきた。事は急だった。交際一周年記念に訪れたフレンチのレストランで突如、彼女から同棲を提案されたのだ。タワマンに一人暮らしをしていたが寂しくなったので一緒に住もうというのだ。もちろん私は了承してすぐさま準備をした。愛する彼女との同棲生活に憧れない男などいない。


 当初は彼女が家賃を払うと言っていたが折半が良いと進言した。しかし、その金額を見せられて、家賃は3:7水道光熱費は7:3という形で落ち着いた。流石、都内のタワマンは想像絶する値段だ。


 他にも色々と同棲のルールを取り決めたが、その中でも印象的だったのは彼女の仕事部屋に入らないというものだ。


 彼女は私と同い年だが大学には行かずに働いている。仕事に関してあまり話したがらないので何の職に就いているか知らないが、どうやら在宅勤務が多い仕事らしい。そのため、仕事専用の部屋が存在する。そこには色々と高価な機材があるとかで入らないでほしいというのだ。


 正直なところ気にならない訳がないが、彼女の邪魔にはなりたくないので素直に従うことにしよう。


 しかし…ルールを色々と決めたが心配なのはそこではない。 


 私が最も心配な要因。それは…


「蓮くーん!いらっしゃい!ぎゅうー」


 彼女の家もとい私達の家に入るや否や、抱きついて来る彼女。その破壊的な上目遣いに私は思わずため息を溢す。


 この可愛い過ぎる彼女に心が耐えられるのか。


 それこそが一番の懸念点であった。


「お出迎えありがとう。荷物はもう部屋に?」


なんだこの生物?可愛い過ぎるだろ。


「むーひどい!私ずっと楽しみに待ってたのに…抱っこ。」


「え?」


「抱っこ!」


 死んじゃう。死んじゃう。尊過ぎて死んでしまう。


「分かった分かった。」


 脚でホールドされたままでリビングまで行くと大きなソファに彼女を降ろした。


「ほら、荷解きしたらゆっくり出来るから。ここで待ってて。」


「ん!いや!構って!」


 両手を広げて頬を膨らます彼女に私は負けそうになったが、頭を撫でるだけに止めた。


「後でな。」


 彼女と出会った頃はこんな姿は想像できなかっただろう。まさかここまで恋人にデレるタイプだったとは。


 私の部屋は物置として使っていた空き部屋だ。すでに業者によって家具や荷物は運ばれており、あとは整理するだけだ。


 一時間ほど経っただろうか。大体の荷物は片付けてダンボールも畳んだ。えっと、確かゴミ捨て場は地下にあるんだっけ。


「ユリ、ダンボール纏めたいんだけど紐とかってある?」


 リビングを覗くと彼女がソファの上でクッションを抱いて体育座りをしていた。


「…教えない。」


随分と不機嫌そうだ。


「はあ、ごめんごめん。待たせたな。」


「誠意が感じられない。」


「じゃあどうすれば?」


「ん。」


 両手を広げる彼女。


「行動で示して。」


 ここで私の理性は音を立てて切れた。可愛い。可愛すぎる。私は彼女を強く抱きしめた。


 いつの間にかソファで寝ていた。時間を確認すると午後六時ほど、夕陽が窓から降ってきている。淡くオレンジに染まる部屋に彼女の小さな息が響く。私の胸で寝る彼女はとても可愛いらしく思わず頬を突いてしまった。


「…ん、おはよ。」


「起こしちゃった?」


「うん。蓮くんのせい。だから私も触る。」


 彼女が頬に手を添えて顔を近づけてきた。そして、彼女の柔い唇が触れる。


 薄暗い部屋には忘れられたダンボールが重なっていた。

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