星宮友莉

私の名前は星宮友莉。仕事はタレント。タレントといってもアイドルや俳優ではなく、SNSを使った配信業をしている。主な配信はゲームのプレイ映像で、そこそこ人気があると自負している。事務所にも入っているので大きなイベントに出たりもする。


そして、私には好きな人がいる。それが目の前で難しい顔をして紅茶を淹れている楠蓮くんだ。


「なーにしてるの?」


カウンターからキッチンに立つ彼の顔を覗いてみる。


「この間買った紅茶を淹れてみたんだけど、初めてだから心配で。」


そう言って彼は、カップを差し出してくる。


「ミモザっていうらしい。どうぞ召し上がれ。」


爽やかな柑橘の香りが鼻をくすぐる。試しに一口啜ってみる。


「あ、美味しい。」


優雅で上品な味わいとはこういう事を指すのだろう。


「よかった。そういえば、ミモザって名前だけど別にミモザの花は入ってないらしいよ。」


「へー。なんでミモザにしたの?」


「あーね。」


すると彼は照れくさそうに顔を赤らめた。


「昔、花屋のおばちゃんがミモザの花言葉は『真実の愛』って言ったのを思い出して…偶然な!店で見つけたから…」


どんどん赤くなる彼に釣られて私まで恥ずかしくなってくる。


「そ…そうなんだ…ねえ、レンくん。」


「な、なに?」


「こっち向いて。」


「お、おう。ど、どう…!」


私の唇で彼の口を塞いだ。紅茶の香りが舞う。


「好きだよ。レンくん。」


「俺もだよ。友莉。」


甘い甘い紅茶を飲んだ後は、いつも通り彼は大学に、私は仕事をする為に自室へ向かった。


まず最初にするのは連絡の確認である。事務所からの連絡や同業者からのメッセージが届いてないかを確認する。大抵は簡単な確認だけで済むのだが、今日は違った。PCに繋がれた大きなモニター。そこに映された一通のメールには大きくこう書いていた。


『C.loverオフイベントについて』


またイベントか…ん?オフイベント?オフイベントって


私は大きな焦りを覚えた。オフイベント。デビュー当時に会社から説明があった。それはファンと同じ会場でゲームや企画、話をするイベントという話だったはず…


私の所属するC.loverには多くのタレントがいる。何人かのストリーマーは素顔を公開していているのだが私は消極的であった。何故なら…


「蓮くんに『めらちゃん』だってバレちゃう!」


彼氏に隠しているからである。


私は知っている。蓮くんが『めらちゃん』のファンだということを。彼と会ったあの日ももう一人の私について語っていた。


最初は、正直に話そうと考えていた。しかし、彼の理想を壊すのが怖く、時間が経つにつれ言い出せなくなっていた。そして、ついにはC.loverの社員だと偽って誤魔化したりもした。


まずいまずい。彼はオフイベントが開催されれば必ず行ってしまう。そうなれば私の顔を見られてしまって…


色々と試行錯誤を脳内で繰り広げていると、ピコンと通知音が鳴った。


『オフイベントに関して話があるので、明日の午後って空いてますか?』


マネージャーだ。そうだよ。落ち着いて。今までのイベントはオンライン参加だった。だから今回も同じはず。


しかし、この考えは虚しくも潰えることをこの時の私は知らなかった。

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