第4話 どこが好きなの?

 放課後、広弥が写真部の部室に入ると、太一と和歌が待っていた。


「お、広弥よく来た。ここ三日、太一と二人きりでつまらんかったわ!」


 和歌は豪快に笑って、広弥の肩にぽんと手を置く。太一は黙って抗議の視線を向けていた。


「俺の失恋を言いふらしたこと、まだ許してないからな」


「ごめんって。いや、意外だったよ。まさか広弥がそんな繊細ボーイだったなんて。三日ひきこもるって相当じゃない?」


「まぁ繊細さの欠片もない和歌には理解できない話だろうな」


「ひどくない?」


 和歌をスルーして、広弥は太一の方へ向かう。


「よぉ、太一」


「……広弥。お前、大丈夫か。目の下、クマがあるけど」


 太一は本気で心配している様子だったので、広弥はちょっと過剰に明るくして見せた。


「大丈夫だよ。寝不足は推しの配信見てたからで……あ」


 広弥の言葉に、太一は目を見開く。


「え、推しの配信!? もしかしてVTuberか?」


「いや、その……」


 うっかり言葉に出してしまったが、さくるのことは言いふらさないと友梨に約束したばかりだ。特に同じクラスの和歌が居る中で名前を出すのは、身バレの可能性を高める。


「そういや携帯の待ち受け変えてたよね。アニメキャラかと思ったけど、VTuberなの?」


「おい和歌。余計なことを!」


「スマホ見せろ広弥! そしてVの良さについて語り合おうぜ!」


「いや、ほら、推しを知られるのって、自分の性癖知られるみたいで恥ずかしくないか?」


 何とか誤魔化そうとする広弥。しかし、太一は止まらない。


「性癖だって共有するのが親友だろうが!」


 スマホを取り合って絡み合う二人。和歌はソファに腰かけて、その様子を微笑ましく見ていた。


「まぁ、心配なさそうか」


 三日間だとしても、友達が不登校になるというのは和歌にとって結構大きなことだった。ちょっと一人では抱えきれない程度には、心配だったのだ。

 ソファに深く座って、ふと扉の方を見る。すると、引き戸の隙間から瞳が覗いていた。和歌は少し考えて、それがクラスメイトの友梨だと気づいた。まだぎゃあぎゃあ騒いでいる男子二人を横目に、入口へ向かう。


「遊佐ちゃん、どうしたの? 入部希望?」


 話しかけると、友梨は「あ、いや、ちがくて」とゴマの一粒よりも小さな声を出す。こんなに緊張してどうしたんだろう、と訝しむ和歌。

 友梨からすれば、明るくて男子とも分け隔てなく仲の良い和歌は、話しづらい人間ランキングで上位だ。なので自然、緊張もする。しかし、広弥との会話をあのままにしておくことも、出来なかった。朝は一方的に捲し立てられて呆然とするばかりだったが、冷静に考えると、ツッコミたいところが幾らでもあった。


「あの、東根くん……」


 勇気を出して、用件を伝えようとする。ちゃんと聞き取れたようで、和歌は部屋の中へ視線を移した。


「広弥ならいるよ?」


「う、うん」


 呼んでほしいんです、と頷く友梨。


「……なるほど」


 和歌は腕組みして深く頷いた。


「賢い和歌ちゃんはね、分かりましたよ。クラスで広弥が失恋したって聞いて、今がチャンスだってアピールしに来たわけだ。いやぁ、いじらしいねぇ」


「ん?」


 友梨が眉をひそめる。何だか、話の流れがおかしくなってきた。


「どおりで緊張しているわけだよ。アタシは遊佐ちゃんの恋、応援しちゃうよ。広弥は、真っすぐすぎるところがあるけど、良いやつだしさ。ちゃんと広弥のことを好きな女の子と普通に付き合って、幸せになってほしいと思ってたんだよね」


「え、いや、そういうことじゃ……」


 友梨は咄嗟に否定しようとして、言葉を止める。そういうことじゃ、無いのだろうか。自問してみても、よく分からない。いや、でも、私はそんなチョロい女じゃないし。告白してきた癖に「もう話しかけない」なんて勝手なことを言われたからムカついてるだけで、全然好きなわけじゃ無いし。


「ここだけの話、広弥をこっぴどく振った女、振った上にビンタまでしてきたらしい。そんな奴のケツをいつまで追いかけるくらいなら、新しい恋をしてほしい!」


「……えと」


 あまりに気まずくて友梨は俯く。すると、和歌はぐいぐいと背中を押して、部室に入るように促してきた。


「ほら、入部希望者だぞ男ども!」


「わわっ」


 友梨が部室に入ると、そこには広弥からスマホを奪い取った太一が立っていた。普通に力負けした広弥はソファに突っ伏し「もうおしまいだ……」とブツブツ言っている。


「おい和歌、これが広弥の推しだ!」


 そして太一は持っているスマホの画面を見せる。そこには、三栖照さくるの公式絵があった。


「あ、なんかこの子見たことあるかも」


 和歌の発言に、さっと血の気が引く友梨。


「アノ、ワタシハ、ヒガシネクンニ、ヨウジガ(裏声)」


 せめてもの抵抗で声を変えてみる。


「なんか声変わった?」


 首をかしげる和歌の肩を、太一が叩く。


「おい和歌、誰だこいつ」


「クラスメイトの遊佐さん。初対面にこいつとか言うなよ常識無いなぁ」


「人の失恋を言いふらす奴に言われたくないんだが」


「じゃあそもそも私というスピーカーに伝えないでよあんな面白情報!」


 流れるように喧嘩し始める太一と和歌。

 ノリについていけず、友梨はわたわたするばかりだった。大縄跳びがなかなか飛べない子のように、会話に割り込むタイミングを探っては、足踏みしてしまう。


「……ん? 今遊佐さんって言った?」


 すると、好きな人の名前を聞き逃さなかった広弥がソファから顔を上げる。そして、友梨と目が合った。


「えぇ!? なんで遊佐さんが!?」


「入部希望。だよね、遊佐さん!」


 代わりに答える和歌は、明らかににやついていた。

 取り敢えず誤解は後で解こう。そう自分を納得させて、友梨は広弥に小声で話しかける。


「あのさ、今、三栖照さくるの話してなかった?」


「いや、ほんとごめん。わざとじゃなくて。太一が勝手に」


 広弥は大慌てで謝ろうとするが、同好の士を見つけて興奮している太一が二人の会話を遮った。


「それにしても広弥。三栖照さくるが好きって、お前、メンヘラっぽい女子が好みなんだな……」


 その言葉に、友梨が目を見開く。


「めっ、メンヘラって? どこが?」


「え、遊佐も三栖照さくる知ってるのか?」


 太一が聞くと、友梨は露骨に目をそらす。


「たまたまね。たまたま知ってて。え、それで、どこがメンヘラ?」


「いや、俺SNSで色んなvtuberフォローしてるからさ。たまにオススメでさくるのアカウント出てくるんだよね。デビューしたばっかなのに病みツイしたり『可愛いって言ってくれなきゃ爆発しそう』ってファンに甘えたりしててさ。まぁある種ファンサでもあるんだろうけど……って遊佐さん? 大丈夫か、顔色やばいぞ!?」


 小豆みたいな色になった友梨を見て、広弥は反論する。


「め、メンヘラじゃないだろ、さくるちゃんは! ちょっと弱気になることぐらい誰にだってある!」


「いやー、でもなぁ」


「寧ろ普段強気な感じなのにSNSだと弱気なの、最高のギャップだろ。よしよししたくなるだろ!」


「え、よしよし……!?」


 広弥の必死な反論に、友梨が反応する。


「雨の中落ち込んでいるさくるちゃんを家に入れて、毛布にくるんでココア飲ませてあげたくなるだろ!? 強く抱きしめたくなるだろうが!?」


「だ、だだだ抱きしめ……!?」


 頭から湯気が出そうなほど熱くなって、友梨は後ずさりする。広弥はその様子に気付くと、今までの自分の言動を思い返す。


「あ、遊佐さん。これは違うんだ。いや、本心なんだけど誤解で。願望があるのとそれを実行に移すのって別の話だろ? そういうことなんだよ分かるよね?」


「じゃ、じゃあ……私が許可出したら?」


 最後の方は小声になって、広弥だけに聞こえた。少し考えて「それは、まぁ……」と答えると、友梨は目を潤ませて、もう耐えられない、といった様子で首を振る。


「うわーーーーーーーー!」


 そして、最後は叫んで部室を出て行ってしまった。


「遊佐さーん! カムバーーーーーック!!!」


 広弥が手を伸ばすも、当然ながら届くことはなく。膝から崩れ落ち、ただ床を見つめることしかできなかった。


「で、あの遊佐さん? は何しに来たんだ?」


 出て行った後の開いた引き戸を眺め、太一が呟く。


「おい広弥、折角のチャンスを……。多分お前のオタク語りでドン引きしちゃったんだよ遊佐ちゃんは!」


 思いっきり勘違いをしている和歌の責め立てられ、広弥は唇を噛みしめる。


「ドン引きされたのか……俺は……」


 やはり自分の判断は正しかった、と広弥は確信した。ただオタク仲間と語るのならいざ知らず、ファンが本人と関わるのは、やっぱり良くないんだ。

 全くそういう問題ではないのだが、広弥はそう思った。


 


 


 


 

 



 

 


 

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リアルでもバーチャルでも君にガチ恋してる かどの かゆた @kudamonogayu01

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