リアルでもバーチャルでも君にガチ恋してる

かどの かゆた

第1話 宇宙一愛してるよ!

 放課後の空き教室は吹奏楽部の練習だけが響いていた。机の木とほこりの香りがして、夕陽だけがたっぷり満ちている。広弥は背筋をぴんと伸ばして人を待っていた。

 しばらくして、引き戸がゆっくり開き、隙間からビー玉のような瞳が覗く。


「あ、本当に居た」


「来てくれてありがとう、遊佐さん」


 広弥が声をかけると、小柄な少女はおずおずと部屋に入ってきた。そわそわして、癖毛の髪をいじっている。


「高校生にもなって手紙で呼び出しとか、からかわれてるのかと思った」


 有梨はちらと広弥を見た。人慣れしていない猫のような、警戒した目線だった。


「からかわないよ」


 それでも、広弥は真っすぐ相手の目を見て告げた。


「そ、そう」 


「来てくれてありがとう。大体用は分かってると思うから、単刀直入に言う」


 金管楽器が止み、辺りが静かになる。向かい合う二人には、この空っぽな教室が世界のすべてのように思えた。広弥が一歩踏み出し、西日に伸びた影が重なる。そして、彼は昨日寝ずに考えた台詞を口にした。


「宇宙一愛してます!」


 瞬間、広弥はビンタされた。


「からかってんじゃん!」


「え?」


 痛む頬を押さえて、広弥は「え?」と繰り返すばかりだった。告白された人間がどんな反応を返すか。喜ぶ、嫌がる、困惑する。想定される反応は幾つかあったが、まさかぶち切れられるとは思わなかった。

 何が悪かった? 告白の言葉? 混乱する広弥をよそに、友梨はその場を立ち去ろうとする。


「いや、俺は本当に好きで」


「本当に好きなら、話しかけんな! 最低限のルールくらい守れ!」


 それだけ言って、友梨は教室を出て行った。


「どこの世界の恋愛ルール?」


 広弥の呟きは空っぽの教室で、どこにも届くことなく響いた。






 写真部の部室でソファに寝転んでいた太一は、人が来る気配がして、顔を上げた。


「広弥か?」


 聞くと、返事より先に広弥は姿を表した。ふらふらと覚束ない足取りで、顔にはビンタの跡がある。


「お前、どうした」


 太一がその様相に息を呑むのを見て、広弥は答える。


「ものすごく振られた。今の俺は全身失恋人間だ」


「全身失恋人間!?」


「それで、頼みがあるんだが、記念撮影をしてくれるか」


「記念撮影!?」


 腰を抜かす太一。それをスルーして広弥は部の備品である一眼レフを手に取った。


「俺のこの恋は、もう望みが無いらしい。恐らく、この真っ赤な跡が唯一遊佐さんから貰ったものだ。消えてしまう前に、記録に残しておきたい」


「なんかセンチな顔してるけど、怖ぇよその発想」


 そうは言いつつ、太一は撮影してやった。

 青ざめ、目が死んでいる上に頬に怪我をした男子学生の写真。ホラー映画の小物として登場しそうな雰囲気だ。


「それにしても、告白を断るにしたって暴力はねぇだろ。どうかしてんじゃねぇの、その女」


 写真の出来を確認しながら呟くと、広弥の目に光が戻る。


「あの子を侮辱するな!」


「えぇ……」


「すごく良い子なんだよ。クラスでちょっと浮いてて、友達が多いって訳じゃないんだけど、話すと結構面白くてさ。一匹狼って感じで普段は格好いいんだけど、実は小柄で笑うと可愛くて。声もさ、聞いたことないかもしれないけど、よく聞くと低めで落ち着く良い声してるんだよな。そうそう、この前掃除当番で一緒だった時にさ……」


 そこで広弥は言葉に詰まる。そして、自分の頬を撫でた。


「はぁ……ほんと、何でなんだろうな。断られた理由もさっぱり分からないし」


 その様子を見て、太一は肩をぽんと叩いてやった。


「まぁ、落ち込みすぎるなよ。現実の女なんてそんなもんさ。ほら、座れよ」


 言われるがまま、広弥はソファに座る。俯いていると「ほれ」と声がして、紙パックの豆乳が差し出された。太一がいつも写真部部室の小型冷蔵庫に常備しているものだ。今日の味はいちごだった。


「はぁ、俺が太一くらい顔が良ければなぁ」


 太一はまつげが長く色白で、少女漫画に出てきそうなタイプの黒髪イケメンだった。その容姿について広弥は特に感想を抱いたことはなかったが、今ばかりは少しうらやましい。


「周りから色々言われるし迷惑してるけどな。俺、男女問わずリアルの人間相手に恋愛する気はないし」


「あぁ、何だっけ。太一が最近ハマってる、Vなんとか」


「VTuberな」


 太一は素早く訂正する。


「VTuberはいいぞ。配信を見ていると辛いこと苦しいことが和らぐ。いずれはガンにも効くようになる」


「ガンに!? 花粉症にも効くか?」


「効く」


「マジか……」


「※効果には個人差があります」


 太一の軽口はともかく、辛いことが和らぐという言葉は気になった。広弥はぼんやりと床を見つめる。


「ちょっとトイレ行くわ」


 太一が部屋を出て、思考に空白が生まれた。突然、時計の針が進む音が気になりだす。会話で紛れていた頬の痛みがぶり返してきた。

 広弥はポケットからスマホを取り出し、動画アプリでVTuberと検索してみた。動画がずらりと並んでおり、スーパーの陳列棚を見ている気分になる。取り合えず、【新人】と書いてある動画を開いてみた。


『宇宙一愛してるよ! 皆の心をさらっちゃう系宇宙人VTuberの、三栖照(みすてり)さくるでーす!』


 瞬間、広弥の脳に電撃が走った。


 星空をモチーフにした配信画面。そこにはいかにも宇宙人といった風貌の少女がいた。銀色の衣装、カチューシャについた触角。


 そして何より、声だった。

 いつもよりトーンが高いが、聞き間違えるはずがない。広弥だけは、絶対に聞き逃さない自信があった。何故ならその声は、大好きな人のものだったから。


「え、遊佐さん……?」


 

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