第19話 ②腐敗
艮と坤の怪異の襲撃もなく、何とか無事に目的地である『図書室』へ辿り着いた洸太郎と輝夜は慎重に扉を開いた。
今やこの学園はどこも安心できるような場所など存在しない。
そう思いながら『図書室』と書かれたプレートの部屋へと入ると、冊子の香りが漂う空間にいる事で幾分か落ち着きを取り戻すことが出来た。
「アイツが言うにはこの〝階層〟で、その〝本〟を持っているんだったら条件は満たされてるって事だったんだが…………何かあったか?」
「そうですね―――――特に目立つようなモノは何も」
コトン、と本棚の奥で何かが落ちたような音が聞こえた。
無言で顔を見合わせ静かに頷くとゆっくりと音のした方へと歩みを進める。
心臓の音が五月蠅いぐらいに鳴っているのを感じながら本棚からそっと顔を覗かせると、一冊の本が落ちている事に気付いた。
近付きそれを拾い上げると、表紙には『ワルプルギスの少女と十二の
二人が顔を見合わせ、懐に入れていたもう一冊の本を取り出す。
「同じ本が、二冊?」
「というよりも続編とかじゃないんですか? よくある上下巻、みたいな」
とりあえず二人は薄暗い場所よりもまだ少し明るいところへ行くと机の上にその二冊の本を広げ中身を確認した。
その内容とは、
ある日、主人公の少女は一匹の子犬を拾うところから物語は始まる。
怪我をし、ボロボロな姿の子犬を介護していく内にその子犬が実は別の世界から来た使い魔だった。
その子犬を狙って異世界から来た敵に襲われそうになった主人公の女の子は子犬を助けようとし、その子犬から魔法を与えられた。
その後、色々とあり少女は『魔法少女』として子犬と共に異世界からの侵略者から世界の平和を守るために戦っていく。
そんなありふれた、しかし設定やキャラ付けなど見れば見るほど興味が湧いてくるような内容に思わず洸太郎は読み込んでしまっていた。
だが、
「なぁ紅月? この話ってさ、何となく今の状況と似てないか?」
「やっぱり、先輩もそう思いますか? 何と言いますか、特にこの〝十二の使い魔〟って部分が引っかかりますね」
物語に出てくる『十二の使い魔』はどうやら干支をモチーフにされているようであり、その状況が今の洸太郎達が置かれている状況と酷似していたのだ。
単なる偶然か、それとも―――――。
あのA子は何故この冊子が自分達に必要だと言っていたのか。
それを考えていると、
『九鬼くん!? 良かっ―――ッた、無、事やっ――――たん、やね!!』
「ッ!? 馬鹿ですかテメェは!! 敵地で大音量で喋んじゃねーよ!!」
「先輩の声も十分ですけど!?」
混乱が激しいのかギャーギャー騒ぎ立てるのも不味いと思ったので静かに慌てながら二人は口を慌てて押える。
今の騒ぎを聞きつけ艮と坤の二体が襲撃する事はなかったので一度気分を落ち着かせてから本題へ入る事にした。
「で? なんでアウローラ―――――アイリスから突然連絡が入ったんだ?」
『いやな、ウチもビックリなんやけど突然九鬼くんと輝夜ちゃんの通信機の信号を捉える事が出来たんよ。ダメもとで通信してみればこれまたビックリな事に繋がったって事やね』
よくよく考えてみれば確かに突然反応が
その気持ちは分からなくはないのだが、状況を把握してほしいと思うのは我が儘なのだろうか?
『まぁ細かい事は今はええ。そろそろこちらとしても九鬼くんらの置かれてる状況を把握したいんやけど?』
アイリスの提案に賛同した洸太郎はこれまでの事を順に話した。
先ほどは現実の世界だったが、今は異界と化した学園から通信している事。
今度の怪異が混合された〝艮〟と〝坤〟というバケモノで手も足も出せずにやられた事。
そんな時に助けれくれた謎の少女A子の事。
そのA子に『図書室』に行けと言われた事など、こちらで起きた事は全て伝える事が出来た。
もちろん、自分が力及ばずで生徒達を助けれなかった事も含め話した。
一通り聞き終えたアイリスはただ短く「そうか」とだけ伝える。
『酷い言い方かもしれんけどウチらとしてはまだ二人とも無事なんがなによりや。それに―――――九鬼くんに言われた事を調べてたおかげで何となく全貌が見えてきたわ』
洸太郎と輝夜は黙って固唾を飲み込む。
正直、ここまでで分かった事と言えば今のところ天使に嫌がらせをされているとしか思えないほどの内容だったのだが。
『まぁ簡単に言うとやな、九鬼くんが言うてた〝御巫〟っていう
そこで少しの違和感の正体が分かった。
御巫という少女が度々洸太郎達の前に現れたのは霊体は霊体でも〝生霊〟に近いのだろう。
そんな事を考えているとアイリスの話は続いていく。
『病院の関係者の話によると、彼女―――――
「自殺未遂、ですか?」
不穏な
『まぁその学園では過去にも〝不幸な事故〟が続いてたっていうんもあったんやろうね。学園側は色々とキナ臭い話を隠しとったみたいやし』
「はっ、優秀な進学校の実態はまさかの―――――ってか? マスコミなんかが好きそうな話題だな」
皮肉を込めた洸太郎の表情は決していいモノとは言えない。
それほど胸糞が悪い話なのだ。
「その不幸な事故とは何なんです? 過去の資料を見てもそんな情報はなかったのですが…………」
輝夜の疑問は、次のアイリスの一言で全てが覆された。
『簡単に言うたら隠蔽されとるね。しかも警察組織だけやない、
言葉を失う。
それほどまでに隠したかった事故とは一体何だったのか?
しかし、時間は無限ではない。
『アカン、ちょっと話過ぎたみたいやね―――――その場所からすぐの所に敵の反応が二つや! 気を付けて!!』
洸太郎が『図書室』のドアを見る。
窓の外には二つの影。
それは人ではなく、あからさまな異形の影。
「チッ! いい加減鬱陶しい!!」
恐らく、いや間違いなくこの『図書室』の外にいるのは〝艮〟と〝坤〟の二体。
二人は武器を構え襲撃に備える―――――が、いつまで経っても入って来る気配はない。
何故か『図書室』の前を行ったり来たりしているだけだった。
「入って、きませんね」
輝夜が呟く。
教室に、いやこの『図書室』に入って来れないのだろうか?
「(さっきの教室は簡単に入って他のヤツらを蹂躙し尽くした。でもここに入って来れない理由でもあるってのか?)」
薄暗い『図書室』は気味悪い感覚が相変わらず消えることは無い。
しかし、洸太郎の直感が「ここは大丈夫なのではないか?」と訴えかけている。
「―――――アイリス、もしかしてその御巫ってヤツは」
しかし、洸太郎の台詞は続く事はなかった。
キィィィィンと激しい耳鳴りが部屋全体に響く。
「先輩! あれ―――――」
輝夜が指し示した方に陽炎の様に揺らめく人影を見る。
顔面蒼白で人の気配が一切ないその人物は、
「御巫、乃蒼―――――」
今も病院で意識不明の重体に陥っている少女の姿だった。
「生霊、って感じじゃねーな。こりゃ一体?」
「先輩、恐らくですがこれは彼女の『
輝夜の説明を受け洸太郎はそっと近付く。
最適解が何なのか分からない。
だが、
これがこの場所から脱出する為のヒントになるのではないか?
洸太郎は漠然とそんな感じがした。
ゆっくりと手を伸ばし御巫乃蒼の思念体にそっと触れる。
そして、
落ちこぼれ劣等術士《コードレス》の少年と侵食する崩壊世界《ワールドエンド》 がじろー @you0812
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