第18話 三章 『心象風景・創造世界』 ①謎の少女




 艮と坤の襲撃から難を逃れた洸太郎と輝夜の二人は誰もいない教室へと逃げ込んだ。

 念の為に結界を施しているので簡単には見つからないはずなので、ようやく訪れた安息でもある。


 「た、助かった―――――サンキューな」


 洸太郎は倒れながら荒い息を何とか整え礼を言った。

 同じく輝夜も厳しかったのか床にへたり込んでいる。


 「本当に助かりましたね……えっと」


 礼を言おうとしたが、よく考えてみれば命の恩人の名すら知らない事に気付いた。

 自分を見ている事に気付いた少女はくるりと回転するとビシィッ! とポーズを決める。


 「私は美少女天才特攻野郎だよっ♪ よろしくねっ」


 沈黙が流れる。

 美少女で天才な上に特攻野郎と来たものだからどこから突っ込んでいいものか迷ってしまった。

 そして、件の美少女天才特攻野郎(自称)の少女は無言に耐え兼ねたのか顔を赤くし急にモジモジとし始める。


 「いやぁ、そんな見つめられると…………その、何か恥ずかしい」

 「じゃあ言うなよ!」


 思わず突っ込んでしまった。

 しかし、そんな感じで和やかな雰囲気になるわけではなく、諦めがついたのか少女は少し息をつくと口を開く。


 「私の名前は『Ϫ쥫きザ䛆揞侄』って言うんだけど…………聞こえた?」


 他はちゃんと耳に入るのに肝心の名前の部分だけがまるで文字化けしたかのように聞き取る事が出来なかった。

 もう一度名前を言ってもらったが、同じように聞こえるだけで成果はない。


 「ん~、何か自分の名前を言おうとしただけでこんな感じになっちゃうんだよね。私って呪われてるのかな?」


 こんな場所でこんな状況なのだから割とその冗談は洒落にならない。

 しかしどう呼べばいいのか分からなければ不便だと思ったのだが、それを感じた少女はニッと笑うと「だから美少女天才特攻野郎だよ~」と言っていたがそれだけは絶対に拒否をしたいところだった。

 なので、


 「じゃあ、謎の女で」

 「先輩、このご時世に女呼びは色々と問題ですよ?」

 「ぶーっ、可愛くない」


 と意見が出なかった。

 なので折衷案で彼女をA子と呼ぶことに落ち着いたのだった。

 本人は不満気だったが、名称を決めなければ話が進まないのでそこは我慢をしてもらうことにする。


 「では改めて、助けていただきありがとうございます。いきなりなのですが、何故貴女はここに? 他の方々と同じように『神隠し』にでも遭ったんですか?」

 「んーっとね、正直に言うとんだ。気が付けばここにいて、凄い怖いバケモノがいる中で結構ギリギリだったよ」


 どうやら彼女にも色々とあったのだろう。

 その表情は疲れ切っており暗い影を落としていた。


 「じゃあここがどういったところかまた分からず仕舞い、か」


 洸太郎が呟いた。

 結局はふりだしに戻る。

 終わりの見えない双六をし続けているような、そんな悪夢を見ているように感じていた。


 「――――――――――あの、さ」


 恐る恐るといった感じでA子が手を挙げる。

 無言で促すとゆっくりと洸太郎に指をさした。


 「それ、は?」

 「あ? それって…………」


 指がさされた先にあったのは、洸太郎の懐から覗かせている冊子だった。


 「あぁ、これは向こうの―――――元の世界から持ち出したモンなんだが」


 そう言えばロクに内容も見ずに勝手に持ち出してしまった。

 緊急事態だったとはいえ勝手に人の物を持ち出すのはマズかっただろうか。

 そんな事を思っていると、目の前の少女の表情は洸太郎が思っていたのと違っていた。


 「そっか…………そうだったんだね―――――」


 慈しむかのような、そんな表情。

 この場で一番そぐわない表情をした彼女に違和感を覚える。


 「ね、アナタ達って普通じゃないでしょ?」

 「ま、まぁ」


 退魔士が普通ではないのは重々承知しているので否定する事はない。

 そんな彼らの回答に満足をしたのかA子は近くにあった椅子に腰を掛けた。


 「もし、ここがどういう場所なのかを知りたかったら『図書室』に行くといいよ。多分だけど、それだけでアナタ達ならすぐに理解出来ると思う」

 「『図書室』って、俺が最初に立ち寄った場所だろ? あそこでメモは見つけたけどそれ以外目立ったモンはなかったと思うけど」


 しかし目の前の少女はゆっくりと首を横に振る。


 「。条件は色々とあるけど、この〝階層〟で、その〝本〟を持っているんだったら条件は満たされてるよ」


 不思議な雰囲気に圧倒されつつも洸太郎が口を開こうとした時、教室の外から悲鳴が上がった。

 悲痛な叫び声の主が誰なのかはすぐに分かる。

 この空間にいるのはこの場にいる自分達以外で他に選択肢はない。

 教室を出ようと扉に手を掛け飛び出そうとしたが、


 「止めときなよ―――――別にあんな奴らどうでもいいし、多分もう手遅れだと思う」


 それは感情の籠っていない虚ろで無機質な声。

 先ほどまでコロコロと笑っていた彼女からは想像がつかなかった。

 恐らく彼女は本気なのだろう。

 襲われているのは一緒にこの世界に来た高天原学園の生徒で結界の術式内にいたはず。

 その彼らの悲鳴が聞こえたと言うことは結界が破られたのか、それとも――――。


 「先輩、どうします?」

 「…………行くぞ」


 ただ短く洸太郎はそう言った。

 そんな彼に何処か諦めたような表情をしたA子は「お好きにどうぞ」と無言で促した。

 先ほどまでの無機質な表情は嘘のように困り顔をしている。

 色々と納得しきれない洸太郎は、それでも身体を動かす。

 彼らが身を潜めていた教室から出る時には、もう誰の悲鳴も聞こえては来なかった。










 結界を張っていた教室に近付く度に、瘴気が濃くなっていくのが分かった。

 それと同時に錆びた鉄のような芳香が鼻孔を刺激し思わず手で押える。

 洸太郎と輝夜は〝最悪な結果〟を想像していたが、それは見事に的中していた。



 教室に張っていた結界は破壊され、

 生徒であろう肉片が周囲に飛び散っている。

 無惨にバラバラとなった肉体は原型を留めておらず、

 悲惨な者は生きたまま喰い殺されたのだろうか悲痛な表情を浮かべたまま絶命していた。

 そして他の者は生きる事に絶望したのか、

 それとも第三者によるものなのかは分からないが天井から〝ロープのようなモノ〟で首を括ってぶら下がっている者までいた。



 洸太郎達と一緒にこの世界に来てしまった生徒達が無残な姿に変わっていたのだ。


 「ひ、酷い―――――まさか、全滅なんでしょうか?」

 「多分…………な」


 ざっと見回してみても死体の数は十人ほど。

 この世界に来てしまったメンツを思い浮かべても全滅と捉えるのが正しいのだろう。


 「だから言ったじゃん。手遅れだって――――――これでこの世界に残っているのは私達だけって事だね」


 これだけの無残な姿を見ても冷静な態度を崩さない。

 いや、本当に彼らが死んでもどうでもいいのだろう。

 そこには慈悲のようなものは一切感じなかった。


 「この喰い散らかされたヤツらはあの艮がやったって理解は出来るんだが、この首吊りは一体?」


 洸太郎が近付くと、彼らを吊るすロープのようなモノの正体が分かった。

 彼らの腹が引き裂かれ、その中から腸を引き摺り出してそれがロープの代わりをしているようなのだ。

 首に喰い込まれた腸はテラテラと赤黒く不気味に光ってその異質な光景をより不気味に演出している。


 「(こっちはこっちでエグイな。。で、ご丁寧に吊るされた状態で足元からバリバリムシャムシャと喰ってやがんのかよ)」


 今回の怪異である艮と坤はどうやら殺意が強いらしい。

 単純に鏖殺おうさつするだけなら簡単なはずだ。

 なのにわざわざ苦しめて死に至らしめるとなると、今回の『集団神隠し』には何か〝裏〟がある。

 そのように思えてならない。


 「―――――――――紅月、早く『図書室』に行くぞ」


 助ける事が出来なかったのが悔やまれる。

 だが、それを今悔いていても仕方がない。

 これ以上の被害者を出さない為にも、洸太郎が今するべき事を優先してするだけなのだ。

 それを理解しているのか、輝夜は黙って頷いた。

 教室から外へと出て目的地である『図書室』へ向かおうと足を向けた時、


 「んじゃ、私はここまでだから。あとはお願いね」

 「えっ? 一緒に来ないんですか?」


 A子の予想外の提案に輝夜が驚く。

 無理もない。

 これだけの惨状を見て一人で行動するという方がおかしいのだ。

 だが、彼女の目は冗談を言っているようには見えなかった。


 「私なら大丈夫だよ。だってみんなが来るまで私一人で何とかなってたし! それに―――――この先は私がいない方が色々と都合がいいと思う。だから行って」


 それはどこか確信めいた発言だった。

 だからなのだろう。

 洸太郎は呆れたようにため息を盛大に吐くと、


 「分かった。えーこも無茶すんな―――――で、今度はちゃんと名前を聞かせてもらうぞ」

 「分かった。でもまぁもしかしたらアナタ達なら自分で見つけれるかもしれないけど、ね」


 何か含みのある言い方に疑問を抱きつつ、洸太郎はそのまま足を進める。

 慌てて彼の後を着いていく輝夜の後姿を見つめながらA子はポツリと呟く。


 「―――――〝最後の小説〟を手にしたら、乃蒼の後を追うだけ。お願いね、お二人さん」


 そして、彼女は誰も居なくなった教室を後にする。

 静寂に包まれた教室で、最早口を開くことが出来る者は誰もいなかった。

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