024 相棒に箸と日本食
自室に着くと、ティアは私をソファに座らせる。
「お夕食はあたくしが持ってきますわね」
私に何か言わせる間も与えず、ティアは部屋を後にした。
また私は一人である。
「今日はティアの善意に甘えるか……」
手足を投げ出すように座っている私は、非常に滑稽な姿だ。ボーッとして天井を眺めてみる。
そういえば、肉体的に疲れたのはいつぶりだろうか。警察に拘束されそうになって抵抗したときぶりだろうか。きっとそうだ。
それからは、肉体的というよりは精神的に疲れる日ばかりであった。周りの
私が最後の一人だと自覚したときだった。
ついに明日、私は殺されるのだと。
両親の死を目の当たりにして「死にたくない」と思う反面、生きる道はどこにもないと絶望していた。
その夜は眠れなかった。私たち人間が死ぬことで本当の意味で罪は償えるのか、もやもやと考えていた。
粗末なベッドにあぐらをかいて座った私は、鉄格子のかかった小窓を見上げた。鉄格子の向こう側に、ちらりと細い三日月が光っていた。
そのか細い光のごとく、私の頭に一つだけ新しい考えが生まれた。
生きて罪を償う方法は、と。
そしてあの裁判に至る。
「私、本当に生きてるんだなぁ」
全身の疲労感が、私を寝落ちに誘った。
「……れん、花恋、夕食をお持ちしましたわよ」
誰かに肩を
「お、お弁当じゃん!」
テーブルの上に置かれていたのは、コンビニ弁当そのものである。
「本日のお夕食は日本食だというのに、食堂で食べられなくて残念ですわ」
「お弁当なんて超久しぶり! ご褒美だよ!」
「その……さっきから仰る『おべんとう』とは、何のことでございますの?」
「お弁当は、こうやって、一つの容器に色んな料理が入ってるご飯のことだよ。うわぁ、懐かしいね」
「確かに、お持ち帰り用の容器でこのような形なのは初めて拝見しましたわ」
一番広い面積を占めるのは、もちろん白いご飯である。そこに黒
「あと、日本ではこちらを使って食べると書いてありましたので……」
と言ってティアがレジ袋から取り出したのは、割り
「こんなものまで用意してるんだ! 私はこれで食べようっと」
ティアの手から割り箸を抜き取る。
「せっかく日本食ってことだし、久しぶりにあれ言おうかな」
割り箸をテーブルに置き、両手を合わせる。
「いただきます」
ティアは少し
弁当と味噌汁の蓋を開け、私は慣れた手つきで割り箸を割る。が、少し斜めに割れてしまった。
「あ、今日は失敗」
まず味噌汁を手に取って飲む。あぁ、懐かしい味。
白飯を口に運ぶ。ちゃんと甘くておいしい。
「これ日本のお米だよね。ストレーガにまだあるんだ」
梅干しはさすがに甘めの味付けである。
おっと、夢中になりすぎてしまった。ティアの視線を感じる。箸を持つ私の右手と、自分の手元を見比べているようだ。
「えっ、ティアもお箸使うの?」
「日本食をいただくのでしたら、日本式の食べ方でいただくのがマナーですの。確かこのように持って、薬指と小指は……」
持ち方は合っているが、果たして動かせるのか。……動かせている。
「あとはこのようにお料理を
「あ」
卵焼きを挟んだ箸は交差してしまい、掴み損ねてしまった。何回か掴もうとするが、できない。いたって本人は真剣な顔をしている。
「あぁ……無理しなくていいからね?」
今度はきんぴらごぼうを掴んだ。だが大半は落ちて、ごぼうが一本だけかろうじて挟まれていた。
「掴めましたわ」
やはり箸は交差している。
「うーん、お箸がばってんになってるからなぁ」
「い、いけませんの?」
「ダメだねぇ」
「承知しましたわ」
ティアは箸を置き、レジ袋からスプーンを取り出す。
「面目ないですわ……」
すっかりしょんぼりとしてしまったティア。
なにか元気づける方法はないだろうか。
私は自分の弁当から斜めに切られた卵焼きを掴む。
「ティア、こっち向いて口開けて」
その口の中に、卵焼きを置いた。
「んんっ!?」
目を見開いてもごもごと
「美味ですわね」
少々膨れっ面をするその顔は赤くなっている。
「日本の卵料理もいいでしょ?」
「ええ」
「その唐揚げもおいしいよ」
「では、いただきましょうか」
平静を装う彼女だが、新しいものを食べるごとに目がキラキラと光っているのを、私は見逃さなかった。
ポスト・デュアルワールド 水狐舞楽(すいこ まいら) @mairin0812
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