005 サボりお嬢様・ティア
ティアは私から微妙に視線を外している。少し赤面しているようにも見える。
慌てて軍服を頭から被ると、ティアがちらっと私の姿を確認して、満足したようにうなずいた。
「これから説明される予定だったのかしら……まぁいいですわ。ドミューニョ部隊は、二人一組のペアで行動しますの。そのペアをパートナーと呼びますわ」
軍隊だから、てっきり団体行動かと思っていた。『ドミューニョ部隊が宿主を捕らえた』ニュースは何度も聞いていたが、それが中継されていたわけではない。宿主が暴れ回っているので、その付近は民間人立ち入り禁止だったし。
「今朝、トロノイのメケイラ様から、『お前の新しい相棒が決まった』と連絡がありましたの。それがあなただったわけね」
「よ、よろしくお願いします」
「敬語ではなくてもよろしいですわ。ドミューニョ部隊は階級関係なく、敬語を使わないことになっていますの」
「そ、そうなんだ。でもティアは敬語じゃない?」
「これはあたくしのアイデンティティですの! 敬語を使わなくてよいということは、逆に敬語を使ってもよいと捉えることができますわ」
ティアは胸に手を当ててドヤ顔をする。
さっきから色々と軍へのイメージが覆されている。上下関係厳しいイメージなのに。
それはここが異世界のストレーガだからだろうか。
「ところで、このコミュニカ? の初期設定をやらなきゃいけなくて、教えてくれないかな」
「承知しましたわ」
ヘッドボードからコミュニカを外した。
このあと、指紋認証と指静脈認証と顔認証と瞳孔認証を登録した。旧式と現代の認証方法が組み合わされた、ガチガチのセキュリティである。
「どうして三つも登録するんだろう?」
「表向きではセキュリティ、本音は片腕が吹っ飛んでも、片目がなくなっても大丈夫なように、だと思いますわ」
「さらっとお嬢様がえげつない言葉を……」
「さすがにその状態になったら実戦には出られませんけれど、軍人を辞めることはできませんわ。その状態でもコミュニカを使い続けることになりますわね」
「おぉ……」
この非常事態、軍人の権利はどこまで行使できるのだろうか。
生体認証を登録したあと、ホーム画面のようなものに切り替わったので、これでコミュニカを使えるようになったようだ。
「ところで
私が触れないでいたことを、まさかの本人から触れてきた。
「うーん、何でかなとは思ったけど……そっとした方がいいのかなって思って」
「なんと……!」
目を丸くするティア。
そういえば、この世界では私のように考える人は少数派だろう。この世界にきて驚いたことだが、私のような元日本人にとって触れてはいけないことを、ストレーガ人はわりとズケズケ聞いてくる。
この世界に来て五年くらいになるが、未だにこの違いは慣れない。
「あっもう行かなくちゃ。訓練場ってところに行かなきゃいけないみたいだから」
ベッドのそばに置いてある、ベルトつきの黒い靴を履いて立ち上がる。
「あっ、花恋!」
「なに?」
「あたくしがここにいることは……」
「うん、わかってる。言わないよ」
立たせた人差し指を口につける。
ティアはまた布団にもぐった。
女子寮の建物を出て、私はコミュニカの地図アプリを開いた。軍独自が開発したアプリらしく、すぐさまこの基地の地図のみが表示された。
「訓練場は……左か」
訓練場と聞いて、校庭のようなだだっ広いものを想像していたが、実際は違った。
「建物……だ」
地図を見てもここで間違いないようである。
入口らしき扉の上に『訓練場 入口』と書いてある看板があるので、やはりここのようだ。
音楽ホールのような重い扉を開け、小声で「失礼しまーす」と言いながら中に入る。
「来たか、
入口のすぐそばにメケイラが立っていた。
「制服、よし」
メケイラは私の頭から足までくまなく見て、ビシッと指さした。
「軍則の制服の規定に従っているかどうか、このように検査するからな。違反した場合は、相応のペナルティを与える」
「了解」
支給されたものをそのまま着るだけで大丈夫なようだ。スカートの裾を切って短くすることとかかな。
「これからお前に、戦闘の基本を
歩き出したメケイラに続いていく私。
訓練場の中は、映画館のようにいくつもの部屋に分かれている。その一つ一つが、またも音楽ホールのような重そうな扉で仕切られている。
一番手前の部屋に入った。
その中は、人間界の学校の体育館の半分くらいの大きさをしていた。天井も壁も床も真っ白で、汚れが一つもないのが不気味に感じた。
「さっそく、お前に自分のペスティを召喚してもらう」
「ペスティ……もう武器を⁉︎ まずは体を鍛えるとか――」
「ドミューニョ部隊は他の部隊と比べて特殊だからな。ペスティがなければ戦闘訓練も意味がない」
もう何もかも、私が思っていたイメージは通用しないようだ。
「ペスティは一人一人違うもので、それぞれ固有の名前がついている。召喚するときは『サモンヴォカテ』と言ってから、自分のペスティの名前を言う。まずは私が手本を見せよう」
メケイラは部屋の中心に立つと、おもむろに両手を前に突き出した。
「サモンヴォカテ=ユーデクス!」
メケイラの前に大剣のような
「こんな感じだ。さぁ、お前もやってみろ」
いやいや、一瞬で終わったから全然わからないし、幹部のメケイラが武器を使うのも驚きだし!
「どうした、手本は見せたぞ」
「あの、私のペスティの名前がわからないので」
「すまない、伝え忘れていたな。ペスティの名前はコミュニカのロック画面に書いてある」
私は手に持っていたコミュニカのスリープ状態を解除した。
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