020 私と、血筋と闘ったお嬢様

 寮に戻り、部屋に入ったとたん、ティアが自分のベッドに座ってうつむいてしまった。

 どうしたものかと、私も自分のベッドに座ってティアと対面になるようにし、ティアの顔をのぞき込む。


 肩を震わせて泣いていた。


「わっ……ど、どうしたの?」

「あのとき、蘇生そせい魔法が成功して、よかったと安心しましたら、涙が……」

「うん、ありがとう。ティアのおかげだよ」


 ティアの隣に座り直して背中をなでてあげる。


 うーん、安心して泣いてるんだろうけど、それにしても様子がおかしいような。 


 さっき寮に戻る途中で「怒られるのは慣れておりますので」と余裕そうな表情を浮かべていたのに。自虐だとは思ったが……あれは強がっていたのかのかもしれない。


花恋かれん、もしあのとき蘇生魔法が成功せずに、ミーガン様を失うことになっていたら、あなたはどうお思いになりましたの?」


 突然、難しい質問をしてきたティア。


「どう? って言われてもなぁ……」


 ティアの魔法でも先輩を救えなかったら、かぁ。もちろんそんな結果になったら悲しいけど、ティアはそんなことを聞いてるんじゃないはず。


 言葉が見つからずしばらく悩んでいると、ティアが「意地悪な尋ね方をしてしまいましたわね」とびを入れた。


「それでは単刀直入にお聞きしますわ。魔法が成功しなかったらあたくしに失望しますの?」

「し、失望⁉︎」


 私の中ではあまりに強烈な言葉であった。そんな、余程のことじゃないと言わないし聞かない言葉のはずなのに。


「失望なんてしないよ! 魔法が使えるってだけですごいのに、それでも助からないなら仕方ないっていうか……仕方ないって言うのは失礼だけど――」

「あたくしはずっと失望され続けておりましたの」


 思わず「えっ」と声が出てしまう私。


「あたくしは、あの大魔法使いの娘であり、元王女の娘ですわ。周りはお父様のように魔法がうまく、お母様のように人格者である人を望まれますの。あたくしは、残念ながらそのような人ではございません。魔法は平均くらい、お勉強も平均くらい。性格は気難しく、何人もの方を傷つけてしまいましたわ」


 口からどんどんこぼれ出す言葉によって、私の頭の中で点と点がつながっていく。


「『なぁ、あんなのが大魔法使いの娘か?』、『あれが没落家系の成れの果てですわ』、『負け犬がえておりますこと』……学校で散々に言われましたわ。ドミューニョ部隊に入隊してからも同じでしたの。それまでのパートナーは、あたくしを大魔法使いと元王女の娘としてご覧になるのですわ」


 ティアは目に残った涙をハンカチで拭き取ってから、私の目を見て言った。


「ですが、あなたはそうではありませんでしたわ。お父様の称号でもある『ウィザーソン』ではなく、お母様のお名前の『フィオナ』でもなく、『セレスティア』として接してくださいましたの! それがあなたの言動の端々に表れていて、うれしくて……」


 ああ、理解した。完全に理解した。そういうことだ。

 私はティアを抱き寄せ、その体を私にもたれさせた。頭をなでると、風呂に入る前だというのに良い匂いがした。


「もう大丈夫だよ、ティア」


 ティアはその血筋ゆえに、周りから期待の目を向けられてきた。だが、魔法も父ほどではなく、学力もエリートの中ではそこそこ。何人もの人を傷つけたと言ったことから、強い口調で言い返していたのかもしれない。


 ここに来てからも、戦闘がうまくいかずに相棒パートナーから悪口を言われていたのだろう。父や母と比べられて。気難しい性格ということは、パートナーとの喧嘩けんかは不可避。


 傍から見れば、ティアの実力不足から来る人間関係のトラブルである。


 しかし実際はどうだろうか。


「ティアは、賢くて、優しくて、強くて、優秀な私のパートナーだよ」


 学力のような賢さだけでなく、私に教えるのもうまく、状況を瞬時に分析し判断できる。育ちの良さがわかる優しさもそうだが、そもそも根から優しい人だ。戦えばその判断力で的確な位置を攻撃している。先輩から褒められていたということは、そういうことだ。


「ありがとう存じますわ」

「あとかわいい」

「……『あと』とは、どのような意味で?」

「特に意味はないよ」

「それなら、あたくしのどこがかわいいと?」

「全部」

「ぜっ、全部⁉︎」


 想定外だったのか、頭に乗せられていた手をどかして距離を取られてしまった。白い肌に赤面がよく目立っている。


「あ、あ、あなたも、賢く、優しく、強い、優秀なあたくしのパートナーですわ!」

「んふふ、ありがと。じゃあ――」


 私はベッドから降りてティアの前にひざまずき、両手でティアの右手をすくい上げ、キスをした。


「明日からも、ご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いいたします、セレスティア様」

「こちらこそですわ」

「あ、あえてティアが王家の末裔まつえいだってのを尊重してやってるからね」

「存じ上げておりますことよ」


 ティアから柔らかい笑顔が摂取できたところで、主従ごっこは終わりにした。



 ◇  ◆  ◇



 ミーガンは微笑んだ。あの子たちが話題になっていると。

 医務棟の個室に備えつけられたテレビで、軍人向けのニュースが流れていた。


「うちの損耗率、ヤバかったもんね……」


 戦闘服のおかげで目立った傷はないものの、衝撃までは防げない。心室細動で血流が止まり、脳にダメージを受けたらしい。

 今は絶対安静だが、数日で日常生活は送れるようになるという。


「ティアと花恋が助けてくれなかったらなかった命……絶対戦線に復帰してやるんだから!」


 そんなミーガンは、昨日の二人を思い出していた。

 自身に「先輩を失いたくないから」と言ったその勇姿を。そう言ってはためいた、豊かな金髪と真っ直ぐな黒髪の後ろ姿を。そして二人の武器ペスティと戦闘服を。


 和風メイド服の妖刀使い・花恋と、赤チェックメイド服の白銃使い・セレスティアのペアは、くして相性抜群の二人組となったのであった。


~第一章・完~

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