002 私は人間で唯一の生き残り
次の日の朝の五時。監視員の「起床時間だ、身体検査をする」の声で目が覚めた。いつものことだったが、この声を聞くのは今日で最後だろう。
昨日
「……い、生きてる」
両親は判決が出たその足で執行室に連れていかれていた。裁判の日に眠りにつき、二度と起きることはなかった。
人間界出身の人で、私は最後の生き残りとなった。その実感はあるようなないような、不思議な感覚だった。
最初は悪寒がするほど嫌だった身体検査も、今はほぼ無感情で受けられている。
身体検査に通過すると、しばらくして朝食が運ばれてきた。
「十分以内に食べ終えろ」
カッチカチに乾いたパンと、ほぼ具のないスープ。毎日同じだが、これも今日で最後。
「はい」
私は監視員ににらまれながら、パンをスープに浸して黙々と口に運ぶ。食べているときも監視されるのは、パンをわざと喉に詰まらせて自殺するのを防ぐためらしい。
パンの大きさの割にスープの量が少ないので、考えて浸さないとパンは食べきれない。
「ごちそうさまでした」
すぐさまお皿やトレーが回収される。
「二十八番、別の監視員が来るまで自由時間だ」
「はい」
自由時間といえど、憎き人間に与えられている娯楽など一つもない。ただ体を起こしたまま、壁にも寄りかからず、ボーっと座っているだけだ。
ベッドに座ることは許されないので、コンクリートのような冷たい床にあぐらをかいている。
「二十八番、外出の準備をしろ」
ついに、私はここから出られるそうだ。
準備と言われても、捕まったときにありとあらゆるものを没収されたので準備するものはない。
「終わりました」
檻の戸の鍵が開く。手錠をかけられると、私は素直に監視員の半歩後ろについた。
「ついてこい」
昨日も同じような手順で裁判所に向かったが、今日は違う。昨日はガクガクと震えていた膝が、今は震えずしゃんと立っていられる。
私は久しぶりに、全身に日光を浴びた。あまりのまぶしさで目が痛む。この明るさに慣れるのに数十秒かかった。
これがシャバの空気を吸うってことか。
……人間が再び塀の外に姿を現した瞬間だった。
だが感傷に浸っている暇はなく、私の視界が十台以上の『ドローン』で覆われた。両手に収まる大きさで、カメラとスピーカーとマイクがついたまん丸の機械である。
「ただ今、唯一死刑を免れた人間・
「今の気持ちは?」
「世界に与えた影響はどう考えているんですか?」
「なぜ自分だけ生還しようとしたんですか?」
それらから一斉に人の声が発せられる。リポーターの人たちだろう。
何とかこの四つだけは聞き取れたけど、私そんなエスパーじゃないから。
ポカンとその場に立ち尽くしてしまう。私は監視員に腕を引かれ、入口のそばに止めてあった一人乗りの護送車に押し込められる。監視員は乗らず、ドアを空けたまま私の手錠を外した。
外した手錠を持つ監視員の手が護送車の外に出たと同時に、ドアが閉まった。
「質問に答えてください!」
ドローンが護送車の窓にへばりついているが、お構いなしに自動運転の護送車は発進した。
久しぶりの外界に現実味がないまま、ただ窓の外を眺める。移り行く景色に一人もストレーガ人の姿はない。強いて言えばすれ違う車の中にだけいる。
「……ほんとに私たちのせいだったのかな」
反射で窓に写った自分の顔はあまりにやつれすぎていた。本来なら驚いたり嘆いたりするのだろうが、今の私にそんな感情など微塵も残されていなかった。
やがて護送車は、立派で高さのある塀の脇を通るようになった。五メートルくらいの高さはあるだろうか。塀の中には、この街並みには似合わない二十階立てくらいのビルがそびえ立っている。
これがドミューニョ部隊がある施設……アウスティ総軍基地。
最新技術の研究をしつつ、すぐにその内容が実戦に反映できるように建てられた基地だったはず。一年前にできたばかりの。
そんなことを思っているうちに、私の乗った車は門からその塀の中に入っていった。
ピーーーーッ!
何の音かと門番の方を見ると、その手にある機械でブザーを鳴らしていた。
護送車はビルのふもとに向かう。見えてきた入口には、ブザーの合図で集まったであろう軍人が五人横並びになっていた。軍服がワンピースのようなものなので、五人とも女性だろう。
護送車はビルの入口で止まった。
「お前が月城花恋だな」
襟に赤いリボンをつけた女性が歩み寄る。ざっくりと後ろで一つにまとめられたその茶髪と蒼い瞳が何か怖さを駆り立てる。
「はい、そうです」
その女性を中心として、同じ軍服を着た女性が四人横に立っている。しかしリボンの色が紫や緑である。何かの階級で分かれているのだろう。
「ついてこい。まずは三階の会議室五に向かう」
私はただ言われたとおりに、赤いリボンの女性のあとをついていく。他の女性たちは私を囲むようにしながら歩いていく。
中は『軍』のイメージとは程遠い、オフィスビルのような雰囲気である。
赤リボンの女性は、エレベーターの扉のそばにあるリーダーに、スマートフォンのような端末をかざした。
数秒してエレベーターが到着し、私たちはそれに乗り込む。中に行き先の階数を指定するボタンはない。勝手にエレベーターは動き出した。
私が知っているエレベーターではない。こういうところにも最新技術が使われているのかと、緊張しながらも舌を巻くしかなかった。
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