第2章

021 仮釈放三日目の朝

「点呼!」


 次の日。ここに来て三日目の朝だ。

 昨日よりティアが五分早くベッドから出られたので、慌てずに支度を済ませられた。


「「第四〇四よんまるよん組!」」

「セレスティア・フィオナ・ウィザーソン!」

月城つきしろ花恋かれん!」

「「健康状態異常なし!」」


 あのドミニオンズの人が、今日は「点呼完了」とだけ言って他の組の点呼に回ってしまった。


「中庭に行くんだよね?」

「ええ、急ぎましょう」


 昨日の点呼のあとに指示をしてくれたのは、私のためだったのかもしれない。案外親切なのかな。


 朝礼が始まるまで待っていると、ここストレーガに来たばかりのことを思い出した。

 それはまだストレーガ語も話せず、翻訳アプリに頼っていたとき。相手からやんわり面倒臭そうな空気を感じて泣きそうになったことがあった。


 ストレーガ語はその名のとおり、この世界での共通語だ。地域によって固有の言語はあるものの、みんなが当たり前のようにストレーガ語を操っている。

 そういうわけで、デュアルワールド化するまでストレーガ語を話せない人はこの世界にいなかったのだ。


 ストレーガ語を話せない人間は、静かな差別を受けていた。


 それと同じで、途中から一人でドミューニョ部隊に入った私など、面倒な存在でしかないだろう。それなのに。


 私は人間だし、死刑囚だし、やっとストレーガ語話せるようになったくらいだし、変な時期に入隊して教育しなきゃいけないし。どうしてなんだろう。世界の危機だから?


 そう思っていると、目の前で誰かの手が複数回横切った。


「花恋、いかがなさいまして?」

「ちょっと考えごとしてただけ」


 横にいるティアの表情は、微かに心配しているように見えた。初日のことがあったからかもしれない。


 朝礼が始まり、上の階級の人たちは昨日と同じく巡回を指示された。


「アンゲロイ諸君は、午前は座学、午後は組ごとに戦闘訓練をしてもらう。座学は〇九〇〇まるきゅうまるまるより、戦闘訓練は一三〇〇ひとさんまるまるより行う」

「「「了解!」」」


 解散と声がかかると、隊員のほとんどが一目散に食堂へと向かった。


「そんなにお急ぎにならなくても、お料理はなくなりませんのに」


 私たち二人は歩いて食堂に向かった。






 今日の朝食は、朝からハンバーガーのようだ。バンズに、パティとスクランブルエッグとベーコンが挟まっている。オプションで、そこにチーズも挟めるようだ。

 加えて、パプリカが映えるサラダもついている。


「エッグベーコンハンバーガーは、ここの人気メニューですの」

「だからみんなダッシュしてたんだ。早く食べたいんだね」


 朝からエッグベーコンチーズハンバーガーはもたれそうなので、オプションはなしにした。


 しばらくして料理を受け取り、空いている席に座り、食べ始める。


 ああ、これは若者が好きな味だ。幸せホルモンがドバドバ出ている気がする。


 ふと、ティアが持つハンバーガーに目がいった。


「あれ、ティア。そんなに食べられるの?」


 一昨日から昨日まで、普通の量からは少なめにしていたティア。今日はハンバーガーも普通サイズ、サラダも普通の量である。


「今日は珍しくお腹が空きましたの。今までは胃が痛くて食欲がなかったのですわ」


 理由は分かる。戦闘も人間関係もうまくいっていなかったからだ。


「あなたのおかげですわ。こんなに食事が美味だと感じたのは、どれくらいぶりでしょうか」


 その顔は、心底喜んでいる微笑みだ。


「私もここに来てから、久しぶりにご飯がおいしいって感じたから分かるよ」


 まぁ、私の場合は食事内容もかなり粗末だったから、ティアとはちょっと状況が違うけど。


 楽しく談笑しながら、二人とも完食した。






 軍から支給されたタブレット端末とタッチペンを持って教室一に入る。

 午前九時、座学が始まった。一つの授業は九十分。大学のようである。


 この授業は数学。ティアによると、学校でする授業より実践的なものを学ぶらしい。

 幸いにも、今日は学校で習った範囲である。確かクリサイトが出てくる直前だったような。


 隣に座っているティアの視線に気づいた。


「内容、お分かりになりますの?」

「うん、昨年やったところだから」

「それは安心しましたわ」


 授業中なので、ひそめ声で話す。

 途中からの内容だから気を遣ってくれているとわかって、思わず口角が上がってしまう。


 九十分のうち、前半の四十五分は教官が解説し、後半の四十五分は演習だという。


「わからないところがあれば、私か、周りの人に聞くこと」


 タブレット端末の画面が、演習モードに切り替わった。


「それでは、始め」


 全部で二十問。最初こそは易しい問題だったが、六問目にしてつまずいた。

 横の人を見ると、端末を操作して、何か見比べているようだ。尋ねてみよう。


「なにいじってたの?」

「さっきの板書見てたんだよ。あっ、もしかしてうわさの花恋って人?」

「うん、よろしくね。板書見て解いていいんだ」

「テストじゃないからね。ここ押すと見れるから」

「なるほど、ありがとう」


 教えてもらったとおりに画面を操作すると、さっき自分の取った板書が、画面の半分に表示された。二タブっていうやつだ。タブの境界を触ると、表示領域を自由に変えられる。これは便利だ。


 板書を見ながら、こつこつと問題を解いていく。


 しばらくして、ティアがタッチペンを机に置いた。ドヤ顔である。


「もう終わったの?」

「全問正解ですわ」

「さすが! じゃあここの問題、教えて」

「かしこまりましたわ」


 ティアの教え方は、まさに学校の先生そのものだった。いや、それ以上に丁寧といってもいい。


「はい、時間だー。終わらなかった分は、次の授業までにやってくること」


 数学は苦手な私だが、ティアのおかげで授業時間内に終わらすことができた。

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