エピローグ 命

 あの事件から二か月が経っていた。

 そんなある日の日曜日――


 ぼくとアイは、ショッピングモールに来ていた。

 久しぶりに海が遊びに来るとの連絡が入り、ここで待ち合わせをしたのだ。


 ぼくもアイも街に出るのは久しぶりだった。

 オンライン授業を受けるほかは、実家とアイの家の往復だけで、ほとんど引きこもりのような生活をしていたからだった。


 バスに乗ってショッピングモールに来ると、待ち合わせをしていたフードコートの前にあるテラスの長椅子に座る。


 行き交う人々のざわめきの中、アイとたあいのない話を交わしていると、

「達也! アイさん!」

 海の声が聞こえた。


 まだ二か月会っていないだけなのに、妙に懐かしい感じがする。


「海!」

 近づいてくる海とぼくらは肩を叩き合い、再開を喜んだ。 


 歩きながら、近況を報告し合う。

 海はアルバイトを始めたファーストフード店で、順調に人間関係も築けているとのことだった。


 来年から定時制の高校に行くつもりだと言い、屈託無く笑う海の顔を見ていると、嬉しかった。


 歩いているうちに見覚えのある喫茶店の前を通りかかった。

「ここで、アステリアさんとカラルと初めて会ったんだったよな……」

 ぼくが言うと、

「せっかくだし、コーヒーでも飲んでく?」

 海が笑顔で言った。


 ぼくとアイは頷くと、喫茶店に入った。

 そうか、そうだったな。ここで彼らと会ったんだ。平和的な解決策を示され、結局彼らが死んでしまい、それもうやむやになってしまったけど。


 そんなことを考えながら席に着く。

「そう言えば、ここの洋服屋さんで働いていたって言ってたよね。確か、アクシズっていう名前の洋服屋だったと思うけど……」

 ぼくがそんなことを言っていると、


「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたら……」

 何となく聞き覚えのある声が聞こえた。見上げて、思わず固まる。


「カ、カラル……!?」

 アイが呟く。

「生きてたのか?」

 海も驚愕の表情で言った。


「い、いやあ。はははは……」

 カラルは思い切りお辞儀をして、逃げるように店の奥へと消えていった。


 しばらくして、また見覚えのある女性がコーヒーを持ってきた。

「私のおごりだ」


 そう言ってテーブルにコーヒーを並べると、長椅子の空いている部分にお尻を押し込む。

 呆然としているぼくの前に座った女性は、アステリアだった。


 しばらくして、カラルもやって来ると、別の椅子を持ってきて座った。


「ここで働いているんですか?」


「ああ。あの事件で身体がボロボロになってな。治ってでてきたら、前の洋服屋はクビになってたんだ。ちなみに今はちゃんと店長に休憩の許可をもらってるからな。心配するな」

 アステリアがニヤリと笑った。


「そ、そうなんですか……でも、てっきり死んだものと思っていました。よくあの大爆発を生き残りましたね?」


「そんなふうに言うなよ。悲しいぞ」

 アステリアが自嘲気味に言い、

「俺たちも上空に宇宙船を止めてたからな。光学迷彩をかけて」

 カラルが口を尖らせた。


「カラルは刺されてたけど?」

「応急的に私の細胞で傷を塞いで、治療カプセルが間に合ったのさ。もう一撃食らっていれば、ダメだっただろうがな」


「そうか……」

 ぼくは以前、自分が追っ手のヴィムにやられたときのことを思い出し、頷いた。


「それで、カラルは、すぐにアイに会いたがったんだがな。私が止めた」

「何でですか?」


「こいつは、すぐ暴走するからな」

 アステリアが笑うと、カラルがそっぽを向いた。


「俺たちはもう殺さなくていいんですか?」

 海が訊くと、

「君たちは強すぎだ。私らの手には負えんよ。ギルディアには殺したって連絡しといたから、もう絶対宇宙に行くな。約束できるだろ?」


「そ、そりゃあ、まあ……」

 ぼくは、海と顔を見合わせて笑った。


 すると、

「タツヤ……」

 カラルがぼくの耳元に顔を寄せ、ささやいた。

「俺はアイのことを諦めたわけじゃ無いからな……」


「え!?」

 カラルの顔を見ると、結構怖い目で睨まれた。

 ぼくが引き気味にカラルと距離を取ると、


「かあちゃんっ!!」

 子どもの叫び声がして、ぼくの肩にぶつかってきた。


 ぼくは身に覚えがある過ぎるその生体反応に、反射的にブレスレットを変化させようとして止めた。


「こらっ。お前は! モールの保育園から抜け出してきたなっ!!」

 アステリアが子どもの頭をはたいた。


「え。な、何で?」

 ぼくは、自分の記憶にある姿と、目の前の子どもとのギャップに驚いて呟いた。

 確かにショッピングモールの中に小さな保育園がある。だけど、そこから抜け出してきた……?


「この子は?」

「お前が思ったとおりだ。元はゼガオンだったものだ。私の子どもとして育ててる」

 アステリアが笑いながら言った。


「ゼガオンは死ななかったってことですか……?」

「いや。死んだよ。あの爆発の後、奴の頭と身体がほんの少しだけ残っててさ。ピクピクしてたのを連れて帰ったんだ……」


「それで、それを治療カプセルに放り込んだのか?」

 アイが訊ねると、

「まあな。なんか可哀想になってきて、もしかしたらと思ったんだが、なんと子どもの姿で生き返ったんだ」

 アステリアが、がははと笑いながら頭を掻いた。


「なんと、しぶとい」

 ぼくは思わず呟いた。

「だよな。でもかわいくてな。もうゼガオンとしての記憶は全くないから別人と言ってもいいかな……」

 アステリアが子どもの頭を撫でる。


 半ズボンにTシャツの子どもは三歳くらいに見える。髪は茶色のくせっ毛で、目はくりくりとした茶色の瞳だった。


 ゼガオン……とは全く似ても似つかないような気がするが、そうなんだと思ってみると、面影が残っているような気もする。


「この子。名前はあるんですか? まさか、ゼガオンとは呼んでないんでしょ?」

「ああ。一応、名前は付けたぞ……アノンっていうんだ。かわいかろ?」

 アステリアがにへらと笑う。


「アノン……漢字は充てたんですか?」

「もちろん。愛の音で愛音アノンだ。いいだろ?」


「うん。字はちょっと女の子っぽいけど、確かにいいかも。アノンダーケ星のアノンですね」

 ぼくは頷いた。


「ねえお兄ちゃん。遊んでよ。かけっこしよう」

「こら。お前は、保育園に戻れ!」


 注意するアステリアに、

「やだよー」

 愛音アノンが口を尖らせて言った。

 みんなが声を上げ笑った。


「アステリアさん。ぼくが保育園に連れて行きますよ」

 ぼくは愛音アノンを抱き上げた。腕の中にある温かい命。死力を尽くして戦ったゼガオンが形を変えたとは言え、こうして生きていたことがうれしかった。


 アイも傍らに来て、ぼくにくっついて愛音アノンの頭を撫でる。

「かわいいね!」


 アイが笑顔で言う向こうで、カラルが怖い顔をしている。

 ぼくが目を逸らすと、


「俺にも頭を撫でさせろ!」

 海がやって来て愛音アノンの頭をわしゃ、わしゃと撫でまくった。

 愛音アノンが声を上げて喜ぶ。


 ぼくは愛音アノンを下に降ろすと手を繋いだ。反対側でアイが手を繋ぎ、海も後からついてくる。

「コーヒーが冷める前に帰ってこいよ」


 ぼくら三人はアステリアの声を背で受け、ショッピングモールの中にある保育園へと向かった――

                                    了

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空から降ってきた彼女 岩間 孝 @iwama-taka

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