第41話 日常へ
「大丈夫か? 達也……」
「何とか」
宇宙船の重力エレベーターによって空中に持ち上げられたぼくらは、冷や汗を流して言葉を交わした。
ぼくと海は渦巻く真っ黒な煙と、真っ赤な炎を呆然と見つめていた。
ついさっきまで学校があった場所は煙と炎に包まれ、校舎は跡形も無かった。
下からの熱風がぼくらの髪や服を激しく巻き上げる。
コーラルの機転で、ギリギリでゼガオンの爆発から逃れたのだった。
目の前にはアイとじいちゃん、ばあちゃん。それに海の父母も浮かんでいた。
「ゼガオンは死んだのか?」
「たぶんな」
「何だか、嘘みたいだな……」
ぼくは首を振った。
ぼくらは重力エレベーターによって、宇宙船の中に収容されていった。
宇宙船に入ると、みんなと抱き合った。
「達也。解毒剤を飲ませなきゃ」
「ああ。だけど、これ……?」
海に言われ、紫色の薬の入った瓶を出すが、その毒々しい色に少し不安になる。
「大丈夫かってか? そこはゼガオンを信用しようぜ」
海が真剣な目でぼくを見た。
ぼくは無言で頷き返した。
セガオンは真剣にぼくらと戦いたかっただけで、本当の意味で卑劣なことはしなかった。この解毒剤のことさえも信じられないというのであれば、それはあの戦いそのものを汚すと言うことと同義だ。
ぼくは、解毒剤をみんなに一口ずつ飲ませて回った。
それまで顔色の悪かったみんなは、解毒剤を飲むとみるみるうちに元気になっていった。
「トリアエズ、
しばらくして、コーラルがやって来て言った。
「コーラル!」
ぼくは何だか嬉しくなって名前を叫んだ。こいつも立派な仲間の一人だった。
「ありがとな。助かったよ。機転を利かしてくれなければ、みんな死んでたところだ」
「イエ。当タリ前ノコトヲシタダケデス……」
ぼくの言葉に照れたようにコーラルは返した。
「アステリアさんとカラルはどうなったんだ?」
「分カリマセン……。ゼガオンノ爆発ニヨル磁気嵐ノ影響デ、センサーガ働カナインデス」
「そうか……」
その答えに、ぼくはため息をついた。
宇宙船は大檜のある場所へ帰ると、大きな枝の上で住居モードに変形した。
何も聞かされていなかった海の父母は、大騒ぎして海に詰め寄ったため、フォローが大変だった。だが、今晩経験したことが全てだ。海の父母も、最後はぼくらの説明に納得せざるを得なかったみたいだった。
「アイ……」
アイは呆然とした顔で、床に座り込んでいた。ぼくは傍らに座ると、肩を抱いた。
「タツヤ……」
アイはぼくの名前を呼ぶと、とめどなく涙を流した。頭をぼくの方に預け、
カラルのことやゼガオンとの激闘のことで、ショックを受けているのだろう。ぼくは黙ってアイの頭を撫でた。
今は、ただこうして生き残ったという事実を受け止めるだけで精一杯だった。
ぼくは目を瞑り、アイの頭をなで続けた。
*
あの戦いから一週間――
ぼくたちは少しずつ、日常生活を取り戻していた。
身体のダメージはそれなりに深刻で、骨のひびや骨折があったり、内臓にダメージがあったり、深い切り傷が幾つもあったりしたのだが、アイの宇宙船に備え付けられていた治療カプセルに何回か入ることで、数日間で全快することができていた。
学校の校舎はゼガオンの爆発で無くなっていたが、授業そのものは、オンラインで既に再開されていた。
校舎は運動場に仮のプレハブ校舎を建てる予定とのことだったが、今のところ立ち入り禁止で、警察や自衛隊、国の機関による調査が行われていた。
ぼくとアイは、タブレットPCでオンライン授業に参加していたが、当然、一生懸命に授業を受ける気にもならないわけで、ゆっくりと日常に帰っていく途上という感じが近かった。
そう言えば、相棒の海だが、地元でアルバイトを始めたとの連絡があった。来年からは学校に行くと言って張り切っている。
おじさんとおばさんも、あの晩は大騒ぎだったが、結果的に全てのできごとを現実のこととして受け入れたみたいだった。もちろん、海が少しずつ日常生活に復帰していっていること自体、とても喜んでいるとのことだった。
インターネットもテレビも、世間は今回の事件のことで持ちきりだった。立川の自衛隊駐屯地の事件と、今回のことを結びつける論調が大勢を占めており、過激派によるテロや隣国による軍事的行動を主張する意見がほとんどだったが、中には宇宙人による被害を主張する意見もあった。ぼくが見たアイの宇宙船の光を目撃した人が僅かだがいたらしく、そのことと結びつけて主張しているのだったが、いかんせん少数派で、あまりその説が取り上げられることは無かった。
あの日の晩、あったこと――
命をギリギリにまで燃やし尽くし、そして生き残ったあの日のできごとは深くぼくの心に刻まれていた。
戦闘機械とも戦闘狂とも取れるゼガオン。
彼もまた、国家の勝手な理屈で生み出された戦争のための道具であった。生きることの意味が戦うことでしか証明できない男だったのだ。
あんな強敵に、海と二人で立ち向かったとは言え、勝って生き残った。
そして、祖父母や海の父母はもちろん、アイの命も助けることができた。
そのことをぼくはきっと忘れないだろう。
あの時を生き残った今だからこそ、この平和な時間がどれほどかけがえの無いことなのかが分かる。これからは、その貴重な時間を噛みしめながら、日常を大切に生きていくべきだ。ぼくはそう思っていた。
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