第40話 決戦(2)

「グアアアアアアアーッッ!!」

 ゼガオンが涎をまき散らし、空に向かって吠えた。

 目の前の空間が歪んだかのような錯覚を覚える。それほどの圧倒的プレッシャーだった。


 次の瞬間、眼前からゼガオンが消えた。

 加速能力を超えた速度――


 ビュン、ヒュンッ!!

 ゼガオンの攻撃が空を切る。


 フットワークと体捌きを使って、ギリギリに避ける。

 空気のわずかな流れを読むのはもちろん、ゼガオンの目の動き、筋肉のわずかな動き、そしてゼガオンの一瞬の考えさえも読んだのだ。


 古代格闘技の技術である一瞬の読みとフットワーク、そして体捌き。

 体毛による攻撃感知に上乗せされたその技術が、ギリギリの見切りを可能にしていた。


 避ける。

 打ち込む。


 避ける。

 蹴り込む。


 避ける。

 投げを打つ。


 ゼガオンの化け物のような身体に、ぼくらは愚直に繰り返した。


 自分の攻撃が足らないことにしびれを切らしたのか、ゼガオンの攻撃が大振りになった。


 カウンターの正拳突きを顔面に撃ち込む。

 鼻骨を折る手応えとともに、緑色の血が盛大に吹き上がった。


 海が地面ギリギリに、後ろ回し蹴りのような形で足を払った。


 ドゴンッッ!!

 顔面突きの直後に決まった足払いで、ゼガオンは勢いよく倒れ、後頭部を屋上の床にめり込ませた。屋上にはゼガオンの後頭部を中心に大きなひび割れが走る。


 続けて、顔面に踵を踏み下ろそうとするが立ち止まった。

 短刀が防御壁を築くかのように、幾重にも振り回されたのだ。


 ぼくらが距離を取ると、ゼガオンは何事も無かったかのように立ち上がった。


『継ぎ目だ。継ぎ目を狙うぞ……』

 海の言葉が頭に閃く。


 するすると近づくと、ゼガオンの攻撃を見切りながらプロテクターの継ぎ目に突きと蹴りを放った。

 ゼガオンの顔が苦痛に歪む。


 このまま、一気にたたみ込んでやる!

 ぼくは全力の突きを、ゼガオンの首の継ぎ目に打ち込んだ。

 海も強烈な蹴りを、ゼガオンの膝の継ぎ目に打ち込む。


 だが、ぼくらは二人ともゼガオンに捕まってしまっていた。信じられないことに、攻撃した箇所の筋肉が粘土のように膨らんで、ぼくらの拳と足を捉えたのだ。


 ボキボキッ!!

 瞬間、ぼくらの拳と足の関節が外れた。

 いや、外したのだった。縄などで拘束された際、それを抜けるための技術――それが自動的に発揮されたのだ。


 ゼガオンが驚愕の表情を浮かべた。

 関節を元に戻しながら、ぼくと海は加速した。

 

 ゼガオンの顔が歪み、腕の筋肉がこれまで以上に膨らんだ。

 神速の乱切りが襲いかかってきた。縦横斜め、避ける隙間がないほどの嵐のような攻撃だった。


 避けきれない攻撃の一部が、プロテクターごと身体の肉も削る。

 身体中から血が流れる。


 一瞬、ブレスレットを槍の形へ変形すると、短刀を跳ね上げた。

 海が気の刃をブレスレットから打ち出し、更に短刀を上へと跳ね上げる。


 ぼくと海が更に前に出ると、ぼくらの頭へゼガオンが両手に持った短刀を打ち下ろした。


 強化された筋肉により倍加された速度を持つその攻撃を、ぼくらはギリギリまで引きつけた。


 ぼくは海の考えが分かったし、海もぼくの考えが分かっていた。もはやお互いにテレパシーを交わす必要も無い。


 ぼくらは四本の腕と足を持ち、四つの目と耳を持つ一人の格闘技の達人と化していた。


 ――この攻撃そのものが、ぼくらが導いたものだったのだ。


 バチッ!!

 ゼガオンの攻撃が頭に当たる寸前、ぼくは海の方向に、海はぼくの方向にゼガオンの短刀の攻撃のベクトルを手のひらで押すように向けた。


 同じタイミングで打ち合わされた短刀は、一つとなってぼくと海の間に出来た空間を床へと向かった。


 ダガ、ガンッ!!

 床に短刀が深く突き刺さる。

 短刀を中心に無数のひび割れができた。


 流れるようにゼガオンの足を両腕で上に跳ね上げる。一瞬、ゼガオンは短刀を握ったまま逆立ちのような形になった。


 ゼガオンが大きく見開いた目でぼくを睨んだ。

 身体をひねり立ち上がろうとするゼガオンの両足首を、海が空中で掴み、床に向けて引き落とす。


 ぼくは短刀を握るゼガオンの手首の内側を槍で切った。

 ゼガオンの指が短刀から離れる。

 海に床に落とされていくゼガオンの顎をめがけ、踵を蹴り落とす。


 ドゴオオオンッ!!

 二人の力を合わせた攻撃で、ゼガオンの脳天が鼻の深さまで突き刺さった。


 ぼくは目の前にあるゼガオンの鳩尾みぞおちに向け、抜き手を深く突き刺した。ブレスレットは指先の尖った手甲ガントレットの形に変化している。


 右手を抜き出すと、空中でバク宙しながら、ゼガオンと距離を取った。

 頭から屋上に深く突き刺さったゼガオンの巨体は、ピクピクと痙攣していた。


「やったか!?」

「たぶん……」

 海の言葉に頷くぼくの右手には解毒剤の瓶が握られていた。


 突然、

 ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……

 辺りに警告するような音が響いた。


「ヤバい。みんな逃げろっ!! ゼガオンの生体反応に連動した爆弾だ。奴の身体自体が軍事機密なんだ!!」


 アステリアの叫び声が響いた。

 言われてみてみると、ゼガオンの腰のベルトのバックルがカウントダウンのように赤く発光している。


「どうしたらいいんだ!?」

「とりあえず、逃げるぞっ!!」

 ぼくと海はアイと肉親の元へと飛ぶように走った。


      *


 学校の屋上に赤い光が奔った。

 一瞬、横に拡がった光は、すぐに縦に図太い閃光となった。

 遠くから見ていた人がいれば、それは大きな赤い十字架のように見えたかもしれない。


 閃光に続けて、辺り一帯を揺るがすような爆音が響き、学校全体が光と煙に包まれた。

 辺り一帯が地震のように揺れ、家の壁にはひびが入った。


 学校の周りの住民が後にテレビのインタビューで、その晩のことを

「大きな流れ星が落ちてきたかのようだった」と答えた。


 学校の建物は跡形も無くなり、そこには大きなクレーターができた。

 だが、その日、学校で凄まじい激闘が行われたことは、そこにいた者たち以外、誰も知らなかった。

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