第39話 決戦(1)

 唐突に、傍らにアイが現れた。

 カラルたちが助けに来たことは気づいていたが、この流れは予想もしていなかった。


「アイッ!!」

 叫んだ途端、もの凄い勢いで延髄の辺りをはたかれる。


 チクリと何かで刺されたような感触があった。

 すぐ隣で、海も同じ箇所をはたかれていた。


 前もこんなことがあったような――

 なぜだか、そんな考えが頭をよぎった。すると、ぼくにもたれかかるようにアイが倒れ、我に返った。


 反射的に、アイが頭を打たないよう背中を支える。


 すると、目の前の景色が突然変わった。

 学校の屋上では無い真っ黒な空間――


 眼前に古代の鎧を着た人物が現れる。

 戸惑っていると、男の攻撃が始まった。


 無数に繰り出される突きや蹴り、投げや関節技といった攻撃。

 ぼくも、男の攻撃に対応する。


 男は触手も伸ばさないし、体毛による攻撃の感知能力も発揮しない。

 しかし、ぼくの攻撃はことごとく跳ね返され、男の攻撃はことごとくぼくに決まった。


 それは、アノンダーケ星ではない、遥か古代の地球人類の叡知のようであった。

 自然にそのことが頭に浮かび、腑に落ちる。


 極限の戦いの中で、無数の命が積み上げてきた古代の戦いの技術。


 口から涎が垂れ、失禁するほどに、急激に送り込まれる膨大な情報に脳が占拠される。筋肉と神経が勝手に反応してピクピクと痙攣する。


 ぼくは男の攻撃をトレースし、急激に自分のものへとしていった。


 一体、どれほどの時間がかかったのか。

 ぼくにとっては永劫の時間が繰り返されたような感覚だったが、恐らく数秒間に満たなかったはずだ。


 次に、目を開いたときには、猛り狂うゼガオンが目の前にいたのだから。


      *


「おい、王子ども。決着をつけるぞ! もう、誰にも邪魔はさせんッ!!」

 ゼガオンが牙をむいて叫んだ。耳がつんざかれそうな大声だった。


「分かったよ。だが、ちょっとだけ待ってくれ……」

 手のひらでゼガオンを制すると、足下に倒れているアイを横向きに抱いてじいちゃんとばあちゃんのところに連れて行く。


 じいちゃんとばあちゃんと目が合う。

「達也。今がお前の全てをかけるとき何だな?」


 真面目な顔でそう言ったじいちゃんに、

「気合いがものを言うんだよね?」と訊くと、

「ああ」

 じいちゃんが笑って頷いた。ばあちゃんは何も言わずにぼくの手を握った。


 ぼくはじいちゃんの横にアイを寝かせた。気絶しているアイの頭を一瞬撫でると、元の場所に跳んで戻る。


 ぼくと海は、落ち着いてゼガオンに向き合っていた。


「いいぜ。もう誰も邪魔はしないよ」

「思う存分来いよ。受け止めてやるからさ」


 それぞれに静かに言うと肩を並べ、ゼガオンに相対する。ブレスレットの武器はしまってしまい、無手だった。


 今は、この方がいい。ぼくはそう思いながら笑った。


 自分の身体の状態、海の身体の状態、そしてゼガオンの状態。周りの空気の流れ。何もかも把握できており、その上で、それらの変化にどうとでも対応できる。そんな気分だった。


 間を置かず、ゼガオンの攻撃が始まった。


 右からの巻き込むような袈裟切り。

 ぼくは頭を下げつつ、前に出ることでその軌道が下りきる前にゼガオンの背後に出た。


 続けて出される左の袈裟切り。

 海はその動き始めのつかの部分を左手で押さえた。短刀の切っ先がこちらに向く前に、つかを押さえることで攻撃そのものが止まってしまう。


「むっ!?」

 ゼガオンが戸惑う。

 両足を大きく開きながら、背中からの体当たりを喰らわす。


 ズダンッ!

 屋上を踏み抜くぼくの両足の音が響いた。


 前のめりに蹈鞴たたらを踏むゼガオン。

 海がカウンターで鳩尾へ肘を撃ち込み、一気に左腕の関節を捕りながら床へ押し倒す。


 ボキ、ボキ、ボキッ!!

 盛大な音を立て、ゼガオンの左腕の関節が破壊される。


「うおおおおっ!!」

 瞬間、ゼガオンの身体の筋肉が大きく膨らむ。

 大げさでは無く、1.5倍ほどに身体のサイズを膨らませながら力任せに立ち上がった。


 海が吹き飛ばされ、空中で回転しながら立ち上がった。


「な、何か、俺の知らねえ技を使うようになったな。さっき、アイがお前たちに何かをしたせいか……」


「ああ。そうだ。どうも、始祖のアーカイブしていた地球の古代格闘技の技みたいだな。生体ナノマシンを経由してダウンロードされたような感じだ。

 戦争狂いはお前だけじゃ無いらしい……」

 ぼくは笑いながら言った。


「ふははははっ。そうか!!」

 笑うゼガオンの身体が、ますます膨らんでいく。


「この身体を見ろっ!! いろんな動物の遺伝情報を取り入れただけじゃ無い。人為的に限界まで、強化されまくってもはや化け物だ。これが俺の最終形態ってやつだ。お前たちの力と俺の力どっちが上なんだろうなっ!!」


 ゼガオンの全身に、太いワイヤーが膨れたような筋肉が幾筋もうねり、太い血管が浮き上がる。


 その異常な筋肉で包まれた全身に、モザイクのように甲虫のメタリックな装甲が貼り巡らされた様は、まさに化け物と言ってよかった。


 体重も三百kg近くあるのでは無いかと思えるほどに膨れていたが、猫科の強大な肉食獣のように軽やかに動く。

 折れた左肘も筋肉の鎧がすっかりカバーしているようで、スムーズに動いているように見えた。


「力の限り、やろう!」

 ぼくと海は、同時に言った。


「ああ。出し切るぜ!」

 ゼガオンは頷いた。

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