第38話 救出作戦

 俺はゼガオンへの恐怖を噛み殺しながら、できるだけ早く歩いた。光学迷彩機能を起動し、アイやタツヤたちの親族が縛りつけられている階段状のオブジェへと向かう。


「カラル、足音に気をつけな……」

 傍らのアステリアが、囁くような声で注意する。


 くそ……。

 心の中でゼガオンへの文句を呟きながら頷く。

 アステリアが宇宙船の治療カプセルに入れてくれたことで命は助かったが、まだ身体の節々は痛んでいた。


 脳裏には、ゼガオンの発する暴力への恐怖が深く刻まれている。ともすれば、震えそうになる足を、自ら叱咤しながら進んでいく。気を抜くと、アステリアが言うように足音を立てかねなかった。


 階段状のオブジェには、五つの木製の十字架が立てられ、アイとともに、四人の地球人が縛りつけられているのが見えた。


 少し離れた場所では、ゼガオンとタツヤたち二人が信じられないような戦いを繰り広げている。


 何しろ、動きそのものが微かにしか見えないのだ。お互いが激突した瞬間だけ、姿が露わになる。風や空気の動き、そして音でしか想像の出来ない戦い。それはカラルの想像を遙かに超えた戦いだった。


 人質を助けるには、今しか無かった。

 王族への憎しみは変わらなかったが、もう王子へのこだわりや憎しみは無くなっていた。元々地球人である彼らを憎むのもお門違いなのではないかと気づいたのだ。


 アイのことが好きだから、正直あのタツヤとかいう奴への嫉妬の気持ちはあった。だが、今助けないとアイは死んでしまうのだ。もちろん、全く関係の無い王子たちの肉親も死んでしまう。そんなことは嫌だった。


 ゼガオンの強者を叩きのめしたいという自分勝手な欲望には反吐が出た。そんなことのために、ギルディアに参加したわけじゃない。


 そもそも、自分が憎んでいたのはあくまで、自分たちを苦境におとしめてきた差別なのだ。それにアステリアと同じく、地球の料理や音楽、漫画といった文化はもちろん、ショッピングモールで知り合った地球人のことも大好きだった。


 宇宙船の治療カプセルから出てきた後、すぐにゼガオンの動向を探った。

「あいつを野放しにしてはいけない」というアステリアの言葉に同意したからだった。


 ゼガオンの通信を傍受するのはたやすかった。自分の強さにとてつもない自信があるため、まさか自分たちが邪魔をしに来るとは思っていないのだろう。そこで、奴がタツヤたちをおびき出そうとしている場所と、人質が五人いることを知った。


「どうやら肉親たちも捕まってるらしいな。どうする?」

 と訊ねるアステリアに、

「もちろん、助けます」と答えると、アステリアは無言で微笑んだ。


 そして、俺たちは学校から十分に距離を取ったところに宇宙船を停泊させ、ここに下りてきたのだった。


 あの野獣的な感覚を持ったゼガオンを出し抜くには、タツヤたちとの戦いが佳境に入った今しか無かった。


 光学迷彩機能を起動したまま、やっと、アイの縛りつけられている場所にたどり着いた。


 アステリアも一番下段の地球人の横にたどり着いていた。

 アステリアが戒めを一人ずつ切り離していくのを見てアイに話しかけた。


「アイ。俺だ。助けに来た」

 囁くように言って電磁ナイフで後ろ手に縛られている紐を切ろうとすると、アイが首を振り、縛られている手首を動かした。手間取るとゼガオンにばれる可能性がある。


 俺は仕方なく、タツヤの祖父母から助けた。

「静かにしてください。俺たちは敵じゃ無い」

 戒めを切り離し、静かにするように伝える。


 その時に、木製の十字架がアノンダーケ星の毒木バンチニールであることに気づいた。こいつに縛りっぱなしにして、じわじわと死刑にするというのが最も残酷な刑の一つなのだ。


 向こうにいるアステリアを見ると目が合った。アステリアも気づいている。

 助けた二人は光学迷彩機能で見えない俺に最初は驚いた様子だったが、大人しく言うことを聞いてくれた。二人ともかなり衰弱していたが、バンチニールから切り離したため、今すぐ死ぬことは無いだろう。だが、すぐに解毒剤が必要な状態だ。


 俺は二人を置いて、アイに向かった。

「もういいだろ。助けるぞ」

 俺は電磁ナイフで、アイの戒めを解いた。


「ゼガオンが解毒剤を瓶ごと飲んだわ……」

「そうか……相変わらずいやらしい奴だ」

 アイの言葉に頷いた瞬間、口から生暖かい液体が漏れた。濃い緑色の液体。


「あれ? これは、何だ?」

 俺は自分の口を拭って呟いた。

 いつの間にか、光学迷彩機能が解けている。


 背中から腹にかけ、何か熱く硬いものが貫いていた。

「嫌ああああっっ!! カラルッッ!!」


 目の前でアイが絶叫している。

 どうしたんだアイ? 静かにしないと、ゼガオンに見つかるぞ。


 口から出したつもりの言葉は出なかった。

 目の前が真っ暗になった。 


      *


 カラルッッ!! 仇はとるっ!

 私はカラルの背後から短刀を突き込んでいたゼガオンを睨みつけ、気づかれないように伸ばしていた触手を一気に縮めた。


 触手は、達也と海の足下。戦闘で出来た床の凹みを掴んでいた。

 予備動作無しに一瞬で、達也たちの傍らに移動する。


 ゼガオンが慌てて追いかけてくるのに気づいたが、もう遅い。

 手のひらから隠していた生体ナノマシンを呼び出す。


「アイッ!!」

 達也の驚いた顔と目が合う。

 私はナノマシンの針を達也と海の首筋に撃ち込んだ。


「ゼガオンッ!! これが奥の手!! 戦闘機械であるあなたへ……。女王からの最後の贈り物よっ!!」

 私は叫んだ。

 だが、それが限界だった。

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