第22話 よくもまあ…

 ある日の昼下がり、中山美空と南野七菜香は食堂でランチを食べていた。

「やっぱりだめか……」

「公民館の長谷川さんも、場所を貸してくれるのとかは協力してくれるって言ってはくれてるんだけどね……」

 そう言いながらも二人は、丸の内のOLも顔負けのヘルシーなサラダランチを平らげる。美空が返却口にまとめて食器を出すついでに、コーヒーをもらってきた。七菜香は、ありがとー。と言って、コーヒーを一口飲む。そして、美空は先日の説明会の資料を七菜香に見せた。

「うげぇ、めんどくさっ! なんでここまでしなきゃいけないの」

「仕方ないよ。あんな大騒ぎになっちゃうなんて……。でも……」

 苦い顔をする七菜香に比べ、美空は頭を抱えていた。今まで、二人は非公式団体として紙芝居のボランティアとして独自で動いていた。しかし先日、先生から呼び出しを受けてしまい、保護者からのクレームが公民館を管理する市役所に上がってしまい、今後は無許可でやってはいけないと叱られてしまったのだ。

「運動部とかはいいよね、すぐに活動も再開できるし」

「ああいうのはメジャーだからね。人数も多いし、公式の大会もあるし。復活しやすいよ。」

「そっか……」

 窓の外をみながら、美空はつぶやく。

「でも、『地域との交流』ってどうしてるんだろう」

「サッカー教室とか野球教室とか、とにかく小さい子たちに教えるイベントをやるって言ってOKもらったらしいよ」

「なるほどね」

 美空は、掌に拳をポンっと置く。しかし七菜香は少し呆れ顔でこう続けて言う。

「でも中には無謀な特攻隊もいるけどねえ……」

「特攻隊? 」

 そのとき、六組の足立が、食堂のテラスに繋がる階段を駆け降りていく。二人は彼が向かった先の下のテラスに目を向けると、恒章、田島、山口といつものカードゲーム仲間がいたのだった。

「カードゲーム部、だめだった……」

「あちゃー。やっぱ東山の禁止カード? 」

「そもそも、人数が足りないって……」

「俺のせいじゃないじゃん! 」

 誰のせいだと大騒ぎする、恒章たちカードゲーマー。美空たちを含め、その様子に野次馬がたちまち現れる。すぐさま食堂の職員からうるさいと一喝され、平謝りする四人の姿があった。

「あれはね……論外よ」

 やれやれとした顔で七菜香は席に戻る。

「そういえば、いつも一緒にいるあの二人は? 聞いてみた?」

「佳苗と夢奈のこと? 二人はバスケ部とバレー部に入ってるから、厳しいってさ」

 美空はそっかと呟いて少し落胆してしまった。すると七菜香は席を立ち、階段を降りていく。

「コーヒーのおかわりと、ラスク買ってくるね」

 美空は七菜香に手を振って見送ると、手元の資料たちに目を向けた。

「中山さん」

 声のする方を向くと、和信の姿があった。

「東山くん。そっちは、福徳くんが転校して、人数も足りないんだっけ?」

「先輩たちは引退と同時に解散を選んだからね……。また一からやり直しだよ」

「今何人?」

「三人かな……」

 これはチャンスかもしれない。そう思った美空は、右手を握りしめて和信に告げた。

「よかったら、紙芝居も一緒にやらない? 人数だって揃うしきっと……」

 和信は、即答した。

「いや、申し訳ないけど……。僕は、舞台創造部を演劇一本でやりたいと思っているんだ。他の要素は入れる気はないよ」

 美空は思わず目に涙を少し浮かべてしまった。和信に気づかれまいと俯く。和信は、何かを察したのか、足早に立ち去ろうとする。そのときだった。

「東山! 食堂で騒いだと思ったら、今度は女子を泣かせるなんて!」

 テーブルに戻ってきた七菜香は、和信を恒章と思い込み、タックルを仕掛けた。和信にとっては、意味不明な出来事に、目を白黒させるばかりだった。

「ぐはあ……」

 思わず尻餅をつく和信であった。七菜香は臨戦体制のまま彼を一瞥する。そのとき、美空が声をかけた。

「待って、そっちはお兄ちゃんの方……」

 七菜香は、もう一度彼の方をよく見る。すると、クラスメイトの恒章でないことにようやく気づいた。

「えっ? あっ、よく見たら違う! ごめんなさいー!」

 七菜香は、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまった。

「ちょっと、ななちゃん! ごめんね、東山くん!」

 美空は和信に謝罪しながら、七菜香を追いかけて行った。和信は呆然としていたが、ゆっくりと起き上がると教室へと戻っていった。柱の影には、カードゲーマーたちが隠れていた。

「俺が何をしたってんだ……」

「明らかにこれはお前のせいだな。兄貴に謝れ」

 山口の発言に恒章は少し怒っていた。

「……知らね」

 恒章はそっぽを向いて、逆方向の階段から教室へ向かう遠回りのルートで帰っていった。


 *


 その頃、和信が一組に戻り自分の席に着くと、土呂が大慌てで駆け寄ってきた。

「ひーやん、ちょっとええか?」

「いいよ」

 土呂はそう言って、和信を廊下へと連れ出した。そして単刀直入に和信へ尋ねた。

「中山さん泣かせたんやって?」

「あくまでも、僕の目指すものと中山さんの目指すものが違っただけだよ」

 土呂は少し唸りながら腕を組む。その様子を見て和信は不思議そうにしていた。

「ひーやん。前にも言ったけど、固執するところがあんねん。今はそんなことを言ってる暇はないやろ?」

「そう言われても。僕はそれで入学に至ったようなもんだし」

「だからなあ……、は進めてるんか?」

「あれは正直無理だって、今まで通りが一番だよ」

 すました顔で言葉を返す和信に、土呂は少し煮え切らない態度になる。しばらくして、土呂は一つ思い立った顔をしてこう言い放った。

「悪い、ワイの入部は保留にしてくれ」

「なっ、なんで?」

 和信は少し眉を顰めながら答える。

「ちょっと頭冷やしたら、わかると思うで。お互いにな」

 土呂は、すぐさま教室へ戻って行った。突然のことに和信は頭が真っ白になった。

 午後の授業は、和信はあまり集中できないでいた。土呂の脱退宣言のショックのあまり、右から左に音声が流れるだけの状態になっている。ノートには一筆も書くことがなく授業が終わった。

放課後になって、和信は声をかけた。

「土呂ちゃん、ちょっといいかな」

「悪い。今日は用事あんねん。また明日な!」

 土呂は勢いよく教室を飛び出した。和信は、少し動揺を隠しながら帰路へとついたのだった。

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