第13章:つい手に取りたくなるもの

「撃て!」


 私は爆発です、と自己紹介するかの様な砲声は戦車砲の存在意義でもある。砲声は良い、誰も殺さない。人を殺めるのは決まって弾着の爆発だ。74式戦車の105㎜砲が30㎝ほど後座し薬莢をガランと吐き出した。装弾筒を脱ぎ捨てた砲弾は真っ直ぐ飛んで行き、乗員が乗っているかすら怪しいハッチが空いたままのT-55に突き刺さる。T-55は兵器としての善し悪しより運用側に起因する悪評がまとわり付く存在であるが、それはシリア政府軍をしても変わらない。


「命中続いて撃て!」


 戦車乗員は戦車を観たら2発叩き込みたくなる生き物だ。真昼間の襲撃に対し、こちらが射撃するまでシリア政府軍からの射撃は皆無であった。相変わらずの緩慢さに苛立つ士官も居る中で、捜索第12連隊はシリア政府軍第61旅団の指揮所が有ると見積もられる位置へ最後の攻撃を掛けた。街道を見下ろす緩やかな斜面に沿って構築されたその陣地は射撃陣地に入れたT-55で防御されており、シリア政府軍が真に警戒して防御に務めていればこんな状況にはなっていないだろう。人間そっちのけでガソリンでも積んでいたのかと言いたくなる大爆発を遠目に捜索第12連隊はWAPCに乗車したまま斬り込む。13㎜機関銃を豪快に撃ちながら突撃するWAPCが速度を落とし車長が手を振った、下車する時だ。


「2班下車用意!」


 川上は声を挙げた。彼等は海軍陸戦隊では無いが、低速走行するWAPCから飛び降りて下車戦闘に移行するこの瞬間は発動艇から上陸する気分だ。飛び降りた先で足を挫いた者は居らず、WAPCの後部大型ハッチからも車内に居た兵士達が飛び出して来る。


「目標正面200機関銃座」


 無反動砲の砲尾を半回転させ開放し対戦車榴弾を装填する。戦車でなくとも取り敢えず対戦車榴弾を撃ち込めば良いのだ、川上は無反動砲の射撃に備えて班員を無反動組から離れる様に促した。74式戦車の過剰回転音や射撃音の中でも伝わる大袈裟な手振りで。


「弾込め良し退避良し!」


 若い兵士の裏返った声を受けて砲手の伍長は無反動砲の引き金を引く。びよんという撃針バネの間の抜けた開放音は空気を叩く砲声で掻き消された。彼の神懸かり的な射撃は手軽に積まれた土嚢で防護されている機関銃座に吸い込まれた。


「突っ込め!」


 捜索連隊の血に飢えた将兵が気勢を纏い200mの平地を突貫する。勝利とは自らの努力だけでは勝ち取り得ないからこそ勝利なのだ。遮蔽物もろくに無い平地を走り抜ける。何ら深い思考は無く、塁間を走る球児の様にただ透明な心で足を送り続けた。勝った気になるだけでは満足できない男たちが青空の下を一丸に。





「で、既に撤収済で誰も居ないと」


 川上は黒羽の声に頷いた。2中隊が夜間斥候で発見した敵の集結地は既に引き払われていた。大日本帝国の威光か敵の逃げ足が速いのか、或いは何かの意図が有って陣地転換を図ったのか。1中隊と2中隊はシリア政府軍が拠点としていた地形を再利用し、幹線道路を見下ろす緩やかな斜面に位置していたその場所は心なしか涼しい風が肌を撫でている、住むには快適そうな土地だ。もちろん全くの無人ではなく30人ばかりのシリア兵は居たが、決死隊というよりは鈍臭くて逃げ遅れた兵隊の群れという様子でありおよそ戦う事無く投降して来た。川上は手を挙げて出て来たシリア兵を撃ち殺しているが、他の将兵に投降した中で運の良い生き残りが彼等という訳だ。


「手挙げてるのに撃つのはやり過ぎじゃないですか?」


 浅井は生意気な半笑いを川上に向けたが、だから何だと言うのか。ここで捕虜になったシリア兵だって機関銃で横薙ぎにやって終わりだろう、載せて帰る車だって無い。それにシリア政府軍だけでは無い、先刻のロシア人傭兵軍も主力がどの程度存在するか未知数なのだからゆめゆめ油断はならない。狙撃兵や機関銃に私物の眼鏡を載せたMG手が遮蔽物も無い土地を走って逃げるシリア兵で射的をしている中で、何がやり過ぎなのか。


「は? さっさと小隊に戻れボケ」


 浅井はえらく冷たく突き放された事に驚いたのか、見る人が見れば不貞腐れたとすら取れる様子で主張の強い唇を歪に動かしながら川上の下を離れた。黒羽はそんな事に興味は無く、中隊本部で聞きかじった連隊本部の雰囲気を伝えた。


「連隊本部は潮時だと判断してるっぽいぞ、参謀総長の弔い合戦はここで終わりかもな」


「良いんですか?」


 幾つかのシリア政府軍警戒陣地を潰して、通りすがりにロシア人と大喧嘩し、敵の集結地に行ってみたらすんなり降伏。戦果らしい戦果では無いが、連隊の輸送力と備蓄の燃料弾薬でいつまでも鬼ごっこは出来ない。シリア政府軍に一発かましたという結果で内地が納得行くのならそれも良かろう。人数だけの損耗率で言えば交換率は見るに耐えないが、シリア政府軍1個旅団を1個連隊で壊走させたという体裁の取り方は収まりが良かったのだろう。


「シリアと戦争しに来た訳じゃない。この辺が良い手打ちの時期なんだろう」


「それ理屈通ってますか?」


 理屈が通らんのが軍隊だ、と笑う黒羽に嫌悪感は無かった。ただ川上の班には広報の為の戦利品探しが命じられたので、水分補給を済ませた後にシリア政府軍の置き土産を物色しに掛かった。黒羽からの指示を班員に下達してやる。


「敵が残置した物を撮影するから集めとけってさ」


「また広報のお手伝いっすか、たまには広報が自分でやってくれても良いのに」


 つまりこうして宝探しが命じられた次第。それでも戦意高揚の為の広報を担う彼らに言わせると戦闘職種は戦ってれば良いだけなんだから勝手に戦って死んでろバーカ、と言った具合なのだ。大東亜戦争の頃は広報が前線部隊に物を言うのか、と批判出来たが時代は変わった。広報に限らず戦闘職種では無い職種にもSNSの発展で光が当たる様になり、国民からも評価される様になっている。戦闘職種が戦えるのは後方職種のお陰であり、そこは不可逆なのだ。


「お互い様なんだよ、こういうのは」


 川上は便利な言葉を投げて班員に宝探しを命じた。敵が陣地転換では無く逃げ出したのだろうと判断するには充分な兵器や資材がそこかしこに散乱していた。特に驚いたのはウラルの6輪トラックだ、車を置いて歩いて逃げたのかと思ったがバッテリーが上がって動かないらしい。干したままの戦闘服が放置されていて、余程慌てて逃げ出したらしい事は見て取れた。その逃げ方はシリア政府軍だと想像が付いたが、米国製に倣ったウッドランド迷彩の被服とそれに縫い付けられた部隊章はシリア政府軍の証だった。兵士の中にはシリア兵が置いて行った食事を口にする者も居る――シリア人も自分達で食べる前提の食品に毒は盛らないだろう。得体の知れない豆の煮物は存外好評だが、川上は口にする気になれなかった。


「川上軍曹、お疲れ様です」


「お疲れ様です、そっちもロシア人でしたか?」


 福島と久し振りに顔を合わせた川上は周りの目も気にして話題を選定した。


「ロシア人でしたね、中隊本部が言うには傭兵らしいです」


「金で雇われてるにしては仕事熱心でしたね」


 2中隊は警戒中にロシア人傭兵が監視の目に掛かり首尾よく撃退したらしいが、シリア政府軍に比べ真面目と言う点では見解を同じくした。各中隊の将兵があれこれと探して歩き回るが、食べ物の類だけは綺麗に持ち去られていて不満の声が聞こえた。この負け方に対してシリア政府軍の将軍はどう言い訳するのか知りたい気持ちも有る。外国の正規軍と戦う事に政治的なリスクを感じるのは同感だが、まともに戦いもせず逃走するのは如何なものか。


「煙草有りましたよ、自分吸わないんで要りますか?」


「待て、迂闊に触んな」


 仕掛け爆弾や嫌がらせに手榴弾が縛着されている可能性も有る。自己責任で戦利品を手にするには神経質さが求められるし、敵も悪知恵が働くとつい手に取りたい物に爆発物を仕込む様になる。


「了解!」


 2中隊の兵士だろうか、見慣れない若い兵士はわざとらしいぐらいに煙草の周りを一周し、恐る恐る半長靴で蹴って動かしてからそれを手にしていた。滑稽に見えたとしても下らない理由で死ぬよりは良い筈だ。


「川上軍曹、ブラジャーです!」


 振り向くと浅井が巨大な女性下着を手に満面のにやけ笑いを向けていた。およそ戦地には似付かわしくない派手な色味の、それでいて素っ気ないぐらいに装飾の少ないドピンクのブラジャーだ。


「でけえなオイ」


 福島はそう言ったが、川上は反応に困りつつ浅井を追い払った。どんな人間が要するのか不思議なほどカップも胴回りも巨大なブラジャーだったが、これは報道で見せるには不適切との事で捨てる様に指示されていた。風に舞い、力を得てシリアの空を飛んで行く。自由に舞うが良い、剛のブラジャーよ。


「しかし、ブラだけなんですね。鹵獲されたの」


「下は汚れますから、敵の手に落ちるなんて女の恥です」


 彼女の真面目とも冗談とも取れる口調に川上は困惑しながら、戦利品探しを続けた。女性経験の無い彼にとって、思い付くどの反応も藪蛇の予感がしたからだ。生理以外でも女性下着は汚れると聞くが、川上にそれを知るタイミングは訪れていないし、理屈では仕方ないと思いつつ女性下着は綺麗であって欲しいという川上の様な男子特有の欲は有った。それにしても何故ブラジャー単体でこの戦地に落ちていたのか不思議だ。女性兵士が居るとしても、洗濯も出来ないこの地で下着だけ置いて行くとは不思議だからだ。死体にもこれから死体になる捕虜にも女性兵士が居た記憶は無いので、持ち主はさっさと撤退した部隊の中に居るのだろう。生きるコツを身に着けている。


「凄いな、ロシア製の重機関銃だ」


 巨大な機関部から心配になる細さの金属管に備わる四角い銃床、ソ連製のNSVであった。車輛がやられて人力搬送する気にならなかったのか、単に別の物で車輛がいっぱいだったのか。土嚢でこさえた射撃陣地に据え付けられており、その気になれば捜索連隊に強力な一撃を与えられたかも知れない。シリア政府軍が陣地転換の為に出て行った車輛のタイヤ痕はまだ残っていて、その気になれば追跡は出来そうだ。2中隊の斥候が確認した時点で車輛の出入りが複数回確認されていたそうで、思えば既に撤収を始めていたのかも知れない。


「倍率眼鏡まで付いてますよ、羨ましい」


 キリル文字で型式が記載された鈍器になりそうな程大柄な倍率眼鏡には3と6の目盛りが有り、恐らくは3倍と6倍で倍率が切り替えられるのだろう、帝国陸軍の狙撃兵は4倍率の眼鏡が主流だからNSVの方が遠距離から撃ち込むのに具合が良いのだろう。シリアに派遣された狙撃兵がやたらと大口径弾で撃ち返されて戦死するのはこれが理由かと納得した。


「あっちにもロシア製の新型AKが有りましたよ、AK-94アバカン」


 ソ連崩壊後のロシア製兵器はロシア連邦軍の近代化では無く外貨獲得の材料として扱われており、近未来の歩兵装備となる筈だった新小銃もこの地に流れていた。帝国陸軍の良い土産になるし、高速2点射を行うこの古の未来銃で兵士達は記念撮影を行っている。シリア政府軍もその不健全な財政のお世話になっていた次第で、ソ連崩壊期のロシア製兵器が一部の精鋭部隊に配備されている。これでも精鋭部隊だったと言うことか。


「AK-94? 後で見てみたいですね、現物は初です」


「箱に入れたままの新品でした」


 ロシア軍自動車化歩兵の主力装備として陸軍省の資料には5.45mm自動小銃AK-94アバカンの記載があった。ただ現物は兵卒の頃に携わったロシア軍との合同演習でも見掛けなかったので、どんな物か川上は単純に興味が有る。


「あの軽榴弾砲も破壊処理されてなさそうです、弾入れたら撃てますよ」


 全周旋回可能な設計の122mm野戦砲がまるで高射砲の様に大仰角を取った状態で放置されていた。弾が有っても射撃に必要な諸元が不明だからどうする物でも無いが、そちらは広報が撮影した後に破壊処分される事が決まった。敵がこんな状態の良い兵器を捨てて逃げたと言うのは宣伝上も具合が良いので、貴重な水とウエスを使って小綺麗に掃除するらしい。どうして捨てる敵の兵器を手入れしなければならないのか、川上の理解は及ばない。


「記念撮影で戦争に勝てるなら、自分らがここまで出向く必要も無いのですが」


「締まらない戦争ですね」


 川上は煙草を咥えながら歩き、ライターを探しながらそう言った。そもそも締まる戦争とは何だろうか、袖に満州国軍の国章を着けながら歩く大東亜共栄圏緊急展開軍は建前上そもそも戦争をしていない。この一連の戦闘も政治的には見向きに値しない小競り合いなのだ。


「一本ください」


 福島はライターで火を差し出しながらわざとらしい笑みでそう言った。どうやら吸い尽くしたらしい、川上は煙草を丸っと渡してやり、彼女から受け取る。


「ありがとうございます」


 火を安定させる為にひと吸いして吐き出した副流煙を見送る様に彼女は礼を述べた。そして彼女はスマートフォンを開く。軍推奨では無い民間用のチャットアプリを開いて川上に言った。


「飛行第4戦隊の同期からです、ロシア人傭兵の主力を撃破したそうです。戦車含む機械化部隊だった様で」


「すげぇー、飛行戦隊サマサマですね」


 シリア政府軍は逃げ出し、ロシア人傭兵も撃破された。気の迷いで遠方からイスラム勢力が瞬間移動して来ない限りは敵らしい敵も居ないだろう。一瞥した画面のトーク履歴の楽しげな絵文字やスタンプを記憶から消す努力をした。そりゃ彼女は素晴らしい女性だ、彼氏やそう言った自由な間柄の男友達ぐらい居るだろう。


「連隊は……と言うか緊急展開軍がロシア人傭兵に興味津々らしいです」


「よく知ってますね」


 連隊本部に居る同期の女性兵士から聞いた噂、との事だ。この速さで伝達されるなら色恋沙汰から破廉恥事案まで噂が部隊中に広まる訳だ。聞けば福島自身は噂好きの自覚は無いらしいが、男社会の中では充分だろう。2人はある程度の範囲を自由に歩き回った後、各々の中隊の位置へと戻った。各人は気を張って警戒する者から勝利の喜びに浸る者まで多種多様であるが、川上は漠然とした危機感と安心感を胸に抱えつつも周囲の雰囲気に身を委ねていた。


「飛行第4戦隊が敵車輌含む主力を撃破したらしいな。武装親衛隊の次はロシア人傭兵、変な敵ばかり引くよなうちの連隊。次は米軍か」


「我慢しましょう、もうすぐ帰国です」


 帰国を口にする奴から死ぬんだぞ、お前知らんな……そんな兵士達の雑談に耳を傾けながらも川上は煙草を咥えた。肺が真っ黒でも任務を果たせれば良いのだ、そもそも寿命で死ぬ気なら軍人になってはいけない。シリアに限らず、大日本帝国は世界に軍事プレゼンスを提供している。優秀でも無能でも等しく部隊がローテーションで海外派遣に差し出されており、地域によっては行って帰るだけだが地域によっては命を落としても不思議では無い派遣先も有る。特に昨今の捜索第12連隊は戦果も多いが出血率が高い。


「米軍はヤベェだろ、第二次大東亜戦争だ」


「世界大戦としては3回目ですね」


 米軍は世界のどこへでも目を光らせ、隙が有れば行先がどこへでも赴き武力介入を行っている。海軍が戦艦大和という大きな玩具の近代化改装に小遣いを費やしている中で、陸軍はこうして人命を費やしている。


「川上軍曹もどうです? 傭兵やってみるのは」


「いや、そこまでして戦争しようとは思わないです」


 他で食って行く路が有るならそうしていたが、勉学が得意では無い川上にはまともな企業に就職する為の大学に行く選択肢すら無かった。3年前に労務者から共栄圏技能訓練生に制度が変更されてからも、無学の労働は低賃金で外国人が行っている。同じ大東亜共栄圏の民として対等な雇用を謳い、母国に帰ってからも役立つ技能を身に付けさせると言う共栄圏技能訓練生の建前はどこへやら。


「福島軍曹は、将来の道とか考えてるんですか?」


「自分は生涯軍人です、戦う為に軍に入りましたので」


 気合い入ってますね、と言ってから自分の気合いが足りないだけである事に気付き川上は内心の恥を表出させない様に務めた。捜索第12連隊は広報を待ち、撮影をし、鼻クソほじくって立ち小便をし、飯を食い、戦闘の激しさと一変して平和な時間を過ごせた。部隊の上官とは違う緊張感こそ有るが、彼女と居る時間は川上にとって悪いものでは無かった。思えば福島は元々空手だか日本拳法だかの選手だったらしく、川上とは毛色が違うのも納得である。ある程度の物色をしたが得る物は無かったので、2人は部隊の集結地へと戻る事にした。


「お前ぇ、気が抜けてるんだよ」


 WAPCを中心とする部隊の群れに近付いた時、唐突に電偵小隊の成田軍曹が兵卒を叱り飛ばす声が聞こえた。まるで蒸気機関車の様な大男で、彼がへたばったり泣き言を言う姿は見た事が無い。相性の良し悪しが極端で合わない人間は階級の上下を問わず合わないのだが、どうも川上は嫌われてはいない様だ。叱られている兵卒は同じ1小隊の小僧で、何事も小器用に覚える脳味噌に見合って尊大さを備え謙虚さを忘れている。この今時の若者の好き嫌いについて言えば、成田と川上は完全に一致している。鼻持ちならないのだが、鼻持ちならないと思われる事が一目置かれていると思っているのだろう。シリア政府軍が放置した兵器を清掃する作業と戦利品を物色する作業、誰も死なない作業だから良いではないかと思えないのが兵隊の性で、数分もすれば誰かしらが不満を漏らしていたし敵の接近に備えて配置された歩哨もその退屈さに溜息をついている。そんな中で川上は鹵獲した武器の群れに群がる将兵に割って入った。


「おい、AK-94ってどれだ?」


「これです。ぶっ壊れてるみたいで銃身が動きます、撃つには危ないですよ」


 ロシア軍の新小銃を試験的に撃つ機会は川上には訪れなかった。何かしらの留め具がイカレているのか、しかしバネ仕掛けで銃身が元の位置に戻る辺りそういう設計にも思えた。とは言え取扱説明書が有る訳でも無い、未知の小銃は内地の装備実験隊が試験するだろう。斜めに挿さった弾倉が不思議だし、切り替えレバーらしい押しレバーとは別に機関銃の様な安全子が付いている。これを試験して死んだり怪我したりする事も無いだろう。


「まあ、どうせAKの親戚なんでロクに当たりはしないんでしょうが」


 ロシア人はガサツなので物を高精度で作る事は出来ないし、愚鈍なので精密機器を与えられても壊すに決まっている――捜索第12連隊が持つ基本的なロシア人感を否定する者が居るでも無い。AKは製造時の許容誤差を大きく取り低品質のソ連工業でも生産出来る事がメリットだ、と日本では信じられている。ガス筒らしい部品はAKと逆に銃身の下へ生えているが、それで何かの性能が向上するのか専門家ではない川上には理解出来なかった。福島も銃身の戦端を柔らかく掴み前後に動かしてみる――数人の兵卒はその様子を平静を装いながら見つめるが、2中隊の上等兵が彼女に声を掛けた。


「榎本少尉が探してました」


「おう、今行く」


 川上は因縁の有る榎本が戦死していない事を内心残念に思いながら福島に挙手敬礼には見えない手の振り方で別れた。


「榎本の奴、1中隊に特別勤務押し付けようと頑張ってるらしいですよ」


「将校だぞ、呼び捨てにするな」


 事案の当該中隊には連隊の名に汚名を着せた禊をさせる、とは榎本の言葉であった。実際どこまで連隊や他部隊がそう思っているか、よりもどう言う声が自分達に聴こえるか、の方が兵隊達にとっては重要なのだ。例え良い部隊と思えない所属部隊でも他所から好き放題言われて愉快な者は居ない。


「お? 迫撃砲か?」


 遠方より聞こえた小さな爆発音、弾着にしては遠いし単発で終わりだ。不可解だが、何事かと左右を見回すと誰となく答えを寄越した。


「仕掛け爆弾だ」


「真面目だなシリア兵も。誰がやられた?」


 榎本少尉負傷――そう答えを聞いた時、川上は内心鼻で笑った。戦争にもたまには良いところが有るじゃないか。因縁を清算出来た訳では無いが。聞けば死体を持ち上げた時に爆発したそうで、もしかしたら死に損ねたシリア兵が手榴弾で自決したのかも知れない。日本軍では時折美談として引き合いに出される死生観で、シリア兵にも根性有る者が居たのかも知れない。1中隊の衛生兵が走って行き、応急処置を施しているらしい。


「榎本少尉がやられたらしいぞ」


「これでうちに禊を求められる事も無くなるか」


 1中隊の兵士達は笑みを見せながらそんな事を気軽に口にしていた。口にするから人の耳に入って揉めるのだが、軍隊で沈黙を保つ事は難しい。2中隊の将兵はそんな事に構っていられないと言う様子であるが、後々これが中隊間の因縁になる事に気付いた古参軍曹達は兵卒に気合を点けに掛かった。

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大東亜共栄圏西へ 江上 @sugimotosan

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