勇者との思い出 7

 森に入ると、小鳥のさえずりや風に揺れる木々のざわめきが嫌でも耳に入ってくる。かつてのこの森はこんなにも賑やかではなかった。


◇◆◇◆◇◆


 王国騎士団長を殺したり、元勇者タカナの屋敷を訪れたり、盗賊を殺めたり、勇者と偽って町のゴロツキを追い返したり、元勇者の曾孫と出会ったりした私たちは敵を作りすぎた。

 その結果、誰が通報したのか分からないが、王国騎士団に取り囲まれることになってしまった。


 町を出た時から不気味なほどに道が静かだと思っていた。騎士団の連中は森の動物たちを排除してまで私たちを待ち伏せしていたのだ。


 武装した集団を見回すラギが口角を上げていたのが印象的だった。

 私は今すぐにでも能力を使って騎士団を殺そうとするラギを必死で止めた。


 あの場にいた騎士全員がラギを認識しているとは限らない。仮に一人でも生き残れば、戦闘能力皆無のラギに勝ち目はないだろう。


 私は両手を挙げて無抵抗の意思を示した。それなのに、騎士の放った矢が胸を貫いた。ドクドクとあふれ出る血液が私の手から零れ落ちる。

 ラギが駆け寄ってくる光景と、彼が拘束される光景を最後に私は意識を手放した。


 目を開けると真っ暗な狭い空間だった。

 瞬時に自分がどこに入れられているのか察した。何度もぶち込まれた棺だ。鍵さえ掛けられていなければこっちのものだ。

 重い蓋をずらして棺から出た私は案の所、遺体安置所にいた。


 死体が動くことを想定していないのはどこの建物も同じだ。廊下を通る人物を見る限り、私たちは王宮に連れ戻されていた。

 ラギはきっと牢屋に入れられている、と踏んでいたが、建物の造りが把握できず迷子になってしまった。


 胸元を隠しながら、こそこそ動き回るのは見つかるリスクが高い。

 きっちりと人の心臓を射抜くなんて優秀な騎士がいたものだ。

 服に付着した固まった血液はもう落とせないから買い換えないと。


 ラギのことだから王宮だと分かれば、どんな手を使ってでも国王の前にたどり着くだろう。そんな風に切り替えて、歩き出した。


 血がべっとり付いた服の女が一人で歩いていれば誰だって驚くだろう。親切な人が恐る恐る私を医務室に連れて行こうとしてくれたけれど、全て断って玉座の間を目指す。

 不思議なことにほとんどが気味悪がるだけで制止を呼びかける人はいなかった。


『だから! 俺を元の世界に戻せと言っている!』


 案の所、ラギは両手両足を拘束された状態でも国王に向かって啖呵を切っていた。

 横たわる血まみれの騎士たちで足の置き場もない有り様かと諦めていたが、そんなことはなく、ほっと胸を撫で下ろした。

 待て、を忠実に守り続ける飼い犬を愛でるようにラギの頭をそっと撫でた。


『っ!? お、お前っ!』


 その時の顔は驚きと恐怖と安堵が入り交じったような、ラギの複雑な心境を見事に再現したような表情だった。


『なに? 化け物でも見るような怯えた目をしているわよ』


『だ、だって、お前は息をしていなかった。それなのに……』


『ピリカの曾孫が言っていたでしょ。魔女って』


 国王と騎士たちも私を見て、おろおろとするばかりだった。

 特に私に矢を放った騎士は今にも倒れそうなほどに真っ青だった。


『現ミッドチルダ王に問う。本当に元の世界に帰る方法はないの?』


『ない。勇者召喚の儀式には莫大な魔力が必要だ。その魔力を溜めるためには何百人という魔術師が必要であり、規定の魔力が集まるまでに何十年かかるか我にも分からぬ』


 狼狽えていた国王は、こちらに敵意がないことを確信してから玉座に座り直して、低く威厳のある声で教えてくれた。


『それらの魔力はこの国を守るためのもの。魔王が存在しているのに、勇者を帰すために使うことは禁じられている』


 つまり、大量の魔力さえあれば、ラギは元の世界に帰ることが可能なのだ。

 ただ、そんなに簡単に魔力を集めることはできない。いくら魔女と呼ばれている私でも不可能だ。


 ラギも国王の言葉の裏に気づいたようで、納得したわけではないのだろうが、さっきよりも大人しくなった。


『魔王を討伐すれば、なんでも願いを叶えると俺たちに言っただろ』


『嘘はない。本当に魔王を討伐し、帰還を願うなら魔力充填まで待てばよい。その間、貴様が生きている保証はないがな』


 そういうことだ。

 帰還自体は不可能ではないが、現実味にかけるというのが国王の答えだった。


 前回の召喚から六十年経っての今回だ。ラギはタナカと同じ、おじいちゃんになってからしか帰れない。

 仮に前回のように三十年で召喚の儀式が可能になることもあるということだ。余程、優秀な魔術師がいたのだろう。


『前例がないなら、作るまでだ。俺たちはあんたが知らないことを知っている。何が何でも帰ってやるからな』


 ラギは諦めていなかった。

 うなだれるわけもなく、顎をしゃくりながら国王を睨みつけたのだ。


 また一悶着あるかも、と覚悟した時、玉座の間の扉が開き、煌びやかな騎士服の青年がふんぞり返って歩いて来た。

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