勇者との思い出 4

 以前、タナカから貰った魔王城への道のりを示した地図を取り出す。何度も開いては閉じてを繰り返した地図は折れ目が破れ始めていた。

 よくこの地図を睨みながら作戦会議をしたものだ。

 

 魔王を討伐できるのは勇者ただ一人。

 真の勇者はラギではないのだから、その者を出し抜く必要があった。

 どうすれば早く魔王城にたどり着くのか悩んだり、最悪の場合は真の勇者を殺してしまおうと決めたり。


 真の勇者も魔王討伐に向かえば、魔王城で鉢合わせするかもしれない。そうなった時にどちらが討伐するのか、あるいはどちらが討伐したのか、という点で揉めると思った。それなら最初からラギが勇者になった方がいい。

 能力を使えば物的証拠は残らないわよ、とアドバイスしたのは他でもない私だ。


『恐ろしいことを考える奴だ。いや、認識されただけで人の命を奪う能力を与えるような物騒な女だから当然といえば当然か』


 こんな失礼なことも言われたっけ。


 私の最初の願いは「私を殺して欲しい」というものだった。悠久の時を生きる私の時間を止めて欲しい。そんな願いをずっと抱いてきて、ようやく見つけた逸材がラギだ。


 ラギの旅の目的が異世界への帰還ならば、私の旅の目的はラギを強くすることになる。何も言わなくてもどんどん能力を使って覇道を行くラギの存在は私にとって好都合だった。

 ラギが能力を馴染ませて、より強くなるのは私にとっても喜ばしいことだ。元の世界に帰るなら勝手に帰ってくれて構わない。ただ、その前に私を殺して欲しいというだけだった。


 私は以前と同じように王都郊外から馬車を乗り継ぎ、田舎町まで移動した。

 かつてラギと一緒に歩んだ道を行き、とある宿屋の前で足を止める。


「ここは、あの女将の店ね。ここに泊まらなければラギは勇者になっていなかったかもしれない」


◇◆◇◆◇◆


 私たちは口喧嘩をしていた。

 多少ボロくても安い宿を希望する私と、金に糸目をつけず快適に過ごせる宿を希望するラギの意見がぶつかり合っていた時だ。初老の女性に声をかけられた。


『タダで構わないから、うちに泊まって。その代わりに一つ頼まれたほしいの。あと、最低でも三日は泊まってね』


 案内されたのは、とても手持ちの金で連泊できるとは思えない宿だった。

 怪しさ満点。珍しく二人の意見が合って立ち去ろうかとも思ったが、この宿はラギが所望していた理想の宿屋だった。


 話を聞けば、女将は「薬草を探して、持って来て欲しい」とお願いをしてきた。


 薬草なんてどこにでも生えている。その辺の草むらを掻き分ければ出会えるのだから、子供のお使いにすらならない。

 当初はあえて私たちに依頼し、無償で宿に泊まらせる理由が分からなかった。


 ラギはニヤリと笑って、「すぐに見つけてくるから、最上級の部屋を用意しておけ」と言い放った。


 私の意見など聞かずに突き進むラギは気づいていなかったが、女将もまたニヤリと笑っていたのを私は見逃さなかった。


 田舎町から出てすぐの所にある森には雑草と一緒に薬草として馴染みのある草が生えていた。それを教えてやってもラギは薬草を抜こうとはせずに棒立ちするばかり。


『早く抜いて持って帰りましょう』


『俺がやるのか? どうすればいい?』


『え? どうって、こう?』


 ラギは本当に何も知らない、できない坊ちゃんだった。

 仕方なく、スカートを折りながらしゃがみ込み、薬草を掴んで一気に根っこまで抜いた。


『ほう。それが薬草か。初めて見た。あと五本もあればいいだろう』


 そうは言っても、やはりラギが自ら動こうとする気配はない。


『次は自分で抜きなさい。あの女性からの依頼を安請け合いしたのはラギなのよ』


『俺が!?』


『ここはあなたが大切に育てられた世界とは違う。一人でも生きていける力を身につけないと困るのはラギよ』


『必要ない。俺は元の世界に戻るのだからな』


『私は仮定の話をしているの。とにかく自分でやってみなさい』


 ラギは渋々といった様子でしゃがみ込み、「乳母みたいな奴だな」などと愚痴を言いながら薬草を雑に引っ張った。

 当然のように根っこまでは抜けず、途中で千切れてしまった。


 ラギは私が抜いた薬草と自分が千切った薬草を見比べ、それを捨ててようとした。


『待って。最後まで抜きなさい』


『新しい方を抜く。見栄えが悪い』


『見た目が悪くても効能は同じよ。もったいないでしょう』


『貧乏くさい奴だな』


『今まで全てを与えられ、何不自由なく生きてきた男が言いそうな言葉ね。あなたは自分だけの力で何かを得る経験をしたことはないのかしら?』


 ラギは悔しそうに唇を結び、途中で千切ってしまった薬草を引っ張り始めた。

 私も隣にしゃがみ、彼が抜きやすいように周りの土を掘り返した。


『手が……』


『汚れたなら洗えばいいだけ』


 手が汚れることを気にするなんて、どんな幼少期を過ごしてきたのか。

 そうこうしていると、ラギはやっとのことで薬草の根を引っこ抜いた。


『採れた』


『おめでとう。小さな成果でも、これはあなたが自分の力で得たものよ』


 薬草を摘み終え、宿に戻った私たちにかけられた言葉は労いではなく、叱責だった。


『これは普通の薬草だろう! 私がお願いしたのは、ヤ薬草だよ』


 目の前で薬草を床に叩き付けるような真似はされなかったけれど、初対面の時とは同じ人物と思えない対応にラギの顔は引きつっていた。


 結論から言うと、女将はヤ薬草なんて最初から言っていなかった。

 しかし、私たちは無償で宿を提供してもらっている身だ。文句を言えず、翌日にはヤ薬草を採りに行くことになった。


 折角、ラギが初めて一人で薬草を摘んだというのに、彼の努力を無駄にするような事はしないで欲しい。

 そう思ったのは嘘ではなく本心だった。

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