勇者との思い出 3

 久々に訪れた元勇者じゃない方こと、タナカが住んでいる郊外の町外れ。

 彼は六十年前にこの世界に召喚され今では郊外にある立派な屋敷で家族と住んでいる。

 

 当時、招かれざる客であった私とラギを丁寧に出迎えてくれたタナカは息子や孫を自慢しながらラギの相談に乗ってくれた。


 タナカは学生の頃にロザリーという女性と一緒に召喚され、神のギフトを授かった。

 しかし、魔王を倒せる勇者はただ一人という理由で、真の勇者にはロザリーが選ばれた。タナカは彼女の付き人として一緒に魔王討伐に向かったらしい。


 ラギからの「魔王は倒したのか!? 魔王とはどんな奴だ!? 勇者はどうなった!?」という怒濤の質問攻めに困惑しつつも、若かりし頃の自分でも見ているように目を細めて全て答えてくれた。


 ただ、ラギが納得のいく答えはタナカも持っていなかった。

 

 タナカも魔王を倒したのかどうかは分からない。魔王城で玉座の間に入ったのは勇者ロザリーだけで、タナカは扉の前で待つように指示されたらしい。


 ふと、私の身に起こったこととタナカの証言が一致していたことに気づいた。


 かつてタナカは、「いつまで経ってもロザリーが出てこないから扉の開けたんじゃ。それなのに、気づけば王都に横たわっていた。そして、何年待ってもロザリーは戻ってこなかった」と言っていた。


 ラギは玉座の間の扉を開けた瞬間に消えて、私は魔王の姿を見た途端に気が遠くなった。

 つまり、勇者ロザリーも元の世界に帰った可能性が高い。この世界に残されたのは帰還を願わなかった者だけということか。


 国王も国民も勇者ロザリーは魔王と相討ちしたのだと信じてやまなかった。そして、タナカは魔王討伐に貢献したとして、地位、名誉、土地、金を賜った。

 異世界人の自分がこうして大豪邸で家族を持てたのはミッドチルダ王のおかげだ、とも語っていた。


 その話を聞き、ラギは余計に憤った。

 六十年前の勇者が魔王を倒したのになぜ俺が召喚されたのか、と。

 タナカは「魔王が復活したのだろう」と答えた。


 実は彼が召喚される三十年前にも勇者召喚の儀式は行われている。歴史は繰り返されているのだ。


 私は毎回のように勇者召喚の日に王都へ出向くわけではない。

 六十年前は王都に行かなかった。

 なぜか?

 それは三十年前に召喚された勇者の葬儀と被ったからだ。わざわざ私を探し出してまで招待状を寄越したのなら、とひっそり参列した。

 だから、私はタナカのこともロザリーのことも知らなかった。


 あ、そうだ。ラギは怒りのあまり、勇者ロザリーも貶していたな。


『お前の連れが魔王を倒し損ねたかもしれないだろ!』


 確か、こんなことを叫んでいた。その直後、控えていたタナカの息子たちに取り押さえられていたっけ。


『勇者ロザリーを貶すことは誰であろうと許されない。神に謝罪せよ、当代の勇者よ』


 元勇者の一族に取り囲まれてもラギは怯まなかった。


『神だと? 本当に神がいるなら俺はこんな目に遭っていない! 俺は元の世界でも、この世界でも神を信じない。もしも神が存在するのなら、俺が殺してやる!』


 ラギは神殺しを宣言した愚か者だ。本物の馬鹿だと確信した瞬間でもある。


◇◆◇◆◇◆


 さて、昔を懐かしんでばかりでは始まらない。

 今回はタナカの屋敷に顔を出す気はなく、早急に次の町へ向かう予定だ。

 私はただ、この胸の痛みの原因とラギが元の世界に帰りたがった理由を知る為に、同じ道を歩いてもう一度、魔王城に向かうと決めたのだ。


 早足で道を進んでいた私は、「待ってくれ!」という大声に呼び止められた。


 背後から杖をつきながら孫とおぼしき子供たちに手を借りて小走りする老人。元勇者じゃない方のタナカだった。

 以前に会った時よりも頬がこけているような気がしなくもない。蓄えた真っ白な髭も昔よりしなびているようだった。


「噂は聞きましたぞ。勇者ラギが魔王を討伐なされたとか」


「さぁ、どうかしら。私もあなたと同じで彼が魔王を倒す瞬間を見ていないの」


 咄嗟に嘘をついてしまった。私は魔王が今でも玉座に座り続けていることを知っているけれど、正直には答えられなかった。


「まさか君も王都に?」


「えぇ」


「ミッドチルダ王へのご報告は? 彼は何を願った!? 当代の勇者はどこじゃ!?」


 今の国王とは一度会っただけで、魔王城から戻ってからは謁見していない。

 あの時は私は死体として王宮に運ばれたっけ。すぐに息を吹き返して、ラギの居る謁見の間に乗り込んだ。


 勇者不在の今の状態で王宮に行っても、魔王討伐の証拠がないのだから願いなんて叶えてくれないだろう。

 それに、私の願いはラギにしか叶えられない。叶えて欲しくない。


 私はかぶりを振り、かつてラギがしていたようにタナカに質問してみることにした。


「勇者ロザリーはなぜ魔王討伐の旅に出たの? 神のギフトがあっても臆するのではなくて?」


「彼女は勇敢じゃった。ロザリーは妹の病気を治すために必死に戦ったのじゃ。結局、彼女の妹がどうなったのか。今となっては確かめる術はないがの」


 以前の私はラギの事情についても、勇者ロザリーについても知ろうとはしなかった。それを今となっては後悔している。

 少しでも知っていれば、知ろうとしていれば、何か未来は変わったのではないか、と考えてしまう。


 ラギもロザリーも元の世界にやり残したことがあった。だから、魔王との決戦を目前にして帰ったのかもしれない。

 それは神のいたずらか、それとも運命か、必然か。


「教えてくれてありがとう。あ、そうだ。あなたが言った通り、魔王の配下は出てこなかったわ」


「そうじゃろう。ファンタジーには欠かせない魔人も魔物も登場しないことは実に残念じゃった。まぁ、出てきたら儂は生きていなかったじゃろな」


 最後は何を言っているのか理解できなかった。異世界から召喚される人間はたまに変なことを言う。

 そういえば、ラギも難しい言葉をブツブツ言っていたな。


「勇者ラギも勇者ロザリーと同じで戻って来なかったわ」


「なんと!? では、また魔王城へ向かうのか!?」


「えぇ。あそこにはやり残したことがあるから。そこにラギが居るのなら連れて帰るつもり」


 タナカは何も言わなかった。

 ただ、私を見つめてため息をついた。


「儂はロザリーを迎えに行けなかった。もしも、勇者ラギを見つけられたなら、もう一度屋敷に来て欲しい。次は食事に招待させてくれ」


「楽しみにしているわ」


 本当に勇者召喚に巻き込まれた同士の食事会が実現するのかは分からないけれど、そう答えるしかなかった。

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