勇者との思い出 2
翌日は朝から外が騒がしく、窓の隙間から見ると王国騎士団が駆け回っていた。
不可抗力とはいえ、団長を殺してしまったのだ。騎士団が血眼になって犯人探しをするのも当然だった。
ラギは自分を探されているというのに動じなかった。
入念に騎士団の動きを下調べし、行商人の中に紛れて王都からの脱出を提案してきたのだ。
末端の団員までは勇者として召喚された人間の顔まで知らされていない、という情報を掴んだラギの勝ちだった。
彼は顔を隠すこともなく堂々と検問所を通過し、郊外へ出ることに成功した。
一番最初に向かったのは元勇者じゃない方が住んでいる小さな屋敷だった。
私が助言したのではなく、ラギが王都の年寄りたちから聞いた情報を元に探し出したのだ。
六十年前に召喚された勇者は死んだらしいが、勇者になれなかったおじいさんはまだ存命だった。ラギはその人に会いに行き、帰還方法の手がかりを聞きたかったらしい。
すぐに行動を開始したラギだったが、彼は想像以上に体力がなかった。
見るからに華奢で、スプーンよりも重いものを持ったことがない、と平気で口にしそうな優男だ。
しかし、ひょっとすると化けるかもしれない。私の期待と恐怖心の両方を煽る男だった。
『ちょっと、待て! 歩くのが速いぞ!』
息も絶え絶えで遥か後方から届いた悲痛な叫びに何度も足を止めた。
ラギは自分の荷物すら背負って歩けないほどの弱者だった。
『しっかりしなさい。男の子でしょ』
『性別は関係ない。俺よりもお前の方が体力面で優れているというだけだ』
人には「あなたと呼ばれるのは不愉快だ」などと言っておきながら、私をお前呼びする人間性を問いただしたくなった。
でも、思い返すと私は褒められていたのかもしれない。
仕方なく休憩しつつ、元勇者じゃない方の住む家に向かった。
それでもあまりにも進みが悪く、野宿を余儀なくされたから途中からは私がラギの荷物も持つ羽目になった。
か弱い私になんて仕打ちだ。今、思い出しても腹が立つ。
『いったいどんな生活をしていたの? 皇族といっても自分のことは自分でするのでしょう?』
『それなら、着替えを手伝えなんて言うか』
『確かにそうね。でも、一人でできるようになったじゃない。偉い、偉い』
『子供扱いするな!』
ラギは本物の皇族だった。
なに不自由なく十七年間生きてきて、これからもそうやって生きていくはずだった。それなのに彼はミッドチルダ王が命じた勇者召喚に巻き込まれて運命を変えられた。
更にラギの不運は続く。
神からのギフトは与えられず、勇者ではないと王宮から追放されて今後の生活の保障もしてもらえない。
私が拾わなければ、のたれ死んでいただろう。
ここまでの思い出では、ラギとはどうしようもない人間だけれど、彼はやる時はやる男だということが後々に判明していく。
さっきまで、へばっていたとは思えない張りのある声に足を止めると、ラギが見つめる茂みの向こうからは見るからに盗品だけを身につけた男たちが現れた。
『よぉ、坊ちゃん、嬢ちゃん。ここを通りたければ通行料を払ってもらおうか』
こんなことは日常茶飯事だ。
金を渡すだけでいいなら、と懐に手を伸ばそうとした時、驚くことにラギが一歩前に歩み出たのだ。
『ナイト気取りか、坊ちゃん?』
『違うな。この国の王に仇成す者、反逆者だ』
こういう場面で女の前に立つ輩には二種類しかいないと思っている。
格好つけの馬鹿か、身の程知らずの馬鹿だ。
でも、ラギは違った
『我が名はラギ・ヴェルダナ。俺の名を呼べ、俺を見ろ、俺に触れろ』
『はぁ!? こいつ、おかしいんじゃねぇの』
大口を開けて笑い、馬鹿にする盗賊たちが愉快そうに彼の名を呼んだ。
『ガキの遊びに付き合ってる暇はねぇ。早く金を出せ。ないなら、その女を置いていけ、ラギ・ヴェルダナ!』
『俺を認識したな』
にやりと笑った次の瞬間には盗賊たちは絶命していた。
ラギに発現した能力は、自分を認識した者の命を奪うというものだ。
騎士団長とその他二人の騎士を殺めた時は焦った表情をしていたが、この時のラギに動揺はなく、どこか悲しげだった。
『無駄な殺生ね』
『お前こそ、無駄金を使うな』
『どうして人を殺めることに躊躇いがないの? それでいて、力を喜んだり、溺れたりしないのはなぜ?』
『俺には元の世界でやることがある。ミカがくれたこの力があれば、それを実現できるだろう。少しでも早く力を扱えるようになりたい。俺には時間がないんだ。早く戻らないと』
そう語るラギの目は虚ろだった。
多分、元の世界でも人を殺めているのか、殺めようとしていたのか。
だからこそ、私が授けた能力を受け入れられる。
これが平々凡々な生活を送っていた者ならこうはいかない。
過去には発狂した者もいたくらいだ。
つまり、ラギは目的の為なら一切の躊躇いもなく人を殺す、ぶっ飛んだ馬鹿だった。
『過去を忘れてこの世界で別人として生きればいいのに。そうすれば、そんなに悲しい顔をしなくて済むわ。魔王討伐は本物の勇者に任せて、私と一緒に住む?』
『冗談を言うな。魔王討伐は構わんが、お前と住むのは御免だ』
『もう三泊もして、着替えまで手伝ってあげたのに今更ね』
『それこそ、過去の話だ。俺は過去を忘れて一人で着替える。次から部屋を分けろ。隣に謎の魔女が寝ていると思うと気が休まらん』
いつ寝たのかも分からないくらいに寝付きが良いくせに。
今、思い出しても何を寝ぼけたことを言っているのか、呆れるわ。
『美女の間違いではなくて?』
『言ってろ』
こんな下らないことを話しながら老人の屋敷へ向かった。
今になって思うと、私は序盤から彼が元の世界に戻りたくなくなるように誘導を始めていたのかもしれない。
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