勇者との思い出 6
過去の記憶をたどりながら田舎町から更に北上した私は薄暗い森を抜けて大きな都市に入った。
ここは元勇者の一族が領主をしている町で、またしてもラギが一悶着を起こした場所でもある。
町の入り口を守っている門番も見たことがある者たちだった。
「あ、あなた様は勇者様の!」
勇者様のなんだっていうんだ。
付き人だの、メイドだの、色々と言われたものだが、一番酷かったのは情婦だな。
「久しぶりね。今回は領主の屋敷に強制連行しないでちょうだい。厄介事は御免よ」
以前は問答無用で屋敷へと連行され、そこで現領主の娘と出会ったのだ。
「本日は勇者様と一緒ではないのですか?」
「どこに行ってもそれを聞かれるわね。見惚れるほどの手のひらの返し様だわ」
「それはそうでしょう。当時はとても勇者様には見えませんでしたから」
そう言われると痛いわね。
確かにラギは国民が理想とする勇者像からはかけ離れた存在だった。
でも、最後は勇者として魔王城に向かう権利を得たのだから大したものだ。
「今回はここを通らせて欲しいだけ。私が来たことは領主にも報告しないでちょうだい」
「それはできません。ただ、お通しすることは可能なのでお早く」
ラギと買い物をした店を眺めながら町の大通りを突っ切る。
ここでの出来事はラギよりも私への影響が大きかった。
◇◆◇◆◇◆
あの日、領主の屋敷に通された私たちの目に飛び込んできたのは、とんでもなく大きな額に収められた肖像画だった。
どの角度から見ても銀髪の赤い目の女がこちらを見つめてくる。
紛れもなく私の絵だったが、いつ、誰に描かれたものなのか心当たりはなかった。
玄関先で絵を見上げる私たちに向かって、屋敷の階段を駆け降りてきた少女。
その手には鈍く光る刃物が握られていた。
『私はお前を知っているぞ! 魔女ミカトリーチェ!』
ここで刺される理由が分からないし、何よりラギが混乱してしまうだろうと思ってしまった。
難なく、向けられた刃物をリュックで受け止める。少女の瞳には憎悪の念が浮かんでいた。
その顔には、かつて私が能力を発現させた少女の面影があった。
今から九十年前、タナカの召喚から更に三十年も前にこの世界に召喚された勇者の面影だ。その子の名はピリカ。
少女はピリカの曾孫だった。
『曾お婆様を狂わせ、私たち家族を呪った魔女め!』
私がタナカのことを知らなかったのはピリカの葬儀に参列していたからだ。
私は少女の言う通り、勇者ピリカに力を授けた。
魔王討伐に神のギフトだけでは心許無いから、とお願いされ、契約を結んだのは確かだが、決して呪ったつもりはない。
私は強要はしない主義だ。
しかし、どれだけ弁明してもピリカの曾孫は信じてくれず、狂ったように私のリュックを滅多刺しにした。
その時のラギといえば、隣で修羅場が繰り広げられているのも気にせず、土足で屋敷の中へ入り、茶を要求していた。
どのような育てられれば、ここまで図々しくなれるのか不思議で仕方がなかった。
『お前も魔女と一緒にここで始末してやる!』
驚くことに少女はピリカに発現したはずの能力を発動させたのだ。
この現象には私も戸惑った。
一体なにが起きているのか分からず、とっさにラギを押し倒してしまった。私はラギを守ることだけを優先していた。
『なんで死なないの!? 母さんから引き継いだ呪いの力は健在なはずなのに』
『にわかには信じがたいが、そういうことね』
『おい。早く退け。重い、邪魔だ』
『女に対して重いとはなによ。相変わらずの無礼者め』
せっかく、我が身を省みずに守ってやったというのになんて言い草だ。
私が独断でやったことだが、やりきれない気持ちのままに、げしげしとラギを踏みつけてから手を引いて立ち上がらせた。
『この子にはピリカの能力が遺伝している。ピリカに発現した能力は、自分よりも強い相手を必ず殺すというものだったわ』
『なんで、男のお前を殺せないんだ! 女の私よりも強いはずなのに!』
なかなか遠回しに男のプライドを傷つけてくる。
しかし、ラギの反応は予想を裏切るものだった。
『残念だったな。お前の力は無効化した。この俺が刃物を持つ女に勝てるわけがないだろ』
自信満々に言い放つラギには呆れて言葉が出てこなかった。
少女の話では、ピリカが子を生んだことで発現していた能力が遺伝されてしまったらしい。それが一族の呪いとして今もなお、彼女を苦しめているという。
これまでに数人の人間に力を与えてきたが、まさか遺伝するとは知らなかった。
一代限りのものだと思っていたし、ピリカの一族を苦しめているなんて想像もしなかった。
そもそもピリカは勇者としての運命から逃れるために力を求めた。彼女は魔王討伐を拒否し、王宮へ連れ戻そうとする追っ手たちをその力で排除したのだ。
結局、力を使い過ぎたピリカは心を病んで私の元を去った。だから、力を得る代わりに私の願いを叶えるという契約は一方的に破棄されたことになる。
ピリカには嘘をつかれてしまったが、私は人を騙すような真似はしない。
心から謝罪し、契約の話も伝えたが、ピリカの曾孫は簡単には謝罪を受け入れてはくれなかった。
『嘘をつくな! 契約なんて知らない! 私たちはこの呪いに縛られ続けているんだ! 早く解け!』
『待て。こいつは嘘をつかない。それは俺が証明しよう。お前の曾祖母から直接申し開きを聞けないことは残念だが、自分から願ったくせに逃げ出した精神的弱者だということは分かった。お前もそうなのか?』
『なんだと!? こんな呪われた家に生まれた私の気持ちが貴様に分かるものか!』
『分かるぞ。分かるから問いかけている。お前も精神的弱者なのか?』
ふるふると力なく首を振った少女の前で、ラギは無慈悲にもナイフのような鋭利な言葉を突き付けた。
『約束も守れない奴の孫が偉そうな口を叩くな。周囲から与えられるばかりではなく、自分の力で掴み取れ』
少女の瞳が潤むことも構わず、ラギは捲し立てた。
『契約を破棄されたなら、こいつも被害者だ。曾祖母の落とし前をつけろ。できないなら、黙ってろ』
まさかラギが私を庇ってくれるとは思っておらず、呆然と立ち尽くしてしまった。
『お前の曾祖母が果たせなかった契約は俺が肩代わりしてやる。だから、お前はこいつへの恨みを忘れ、自分だけの道を行け』
屋敷の敷地を抜けて町へと戻る道中、気まずい空気の中、私から話しかけたことを覚えている。
『あんな風に庇われたのは初めてだわ』
『俺はミカから学んだことを言っただけだ』
『ラギは自分の能力とか、私が怖くならないの?』
『あの力は使い方次第だ。そこを見誤らなければどうということはない。俺は約束は守る。契約がある限りはミカの隣にいるし、必ず願いを叶えてやる』
こんなことを言ったのもラギが初めてだった。
死を求めてるはずの私が、少しでも長くラギと旅をしたいと思い始めたのはこの時だったように思う。
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