勇者との思い出 8
玉座の間の現れた青年を見て、ラギは表情を歪めた。
聞くと、彼が同時に召喚されたもう一人の勇者で、真の勇者と認定された者らしい。王宮を追い出される直前に小馬鹿にされたらしく、ラギの怒りは尋常ではなかった。
勇者はラギと私に近づき、じろじろと舐め回すように見つめてから、ふんっと鼻で笑った。
『神のギフトを授からなかったザコのくせに粋がるなんて無様だな。僕こそが一番で、魔王を倒して王女と結婚するのだ。そして、この国の王になるんだ!』
分かりやすくていいな、と思った。
女を手に入れるために強さを誇示するなんて実に分かりやすい。
その願いなら国王も叶えやすいだろう。魔力も時間も必要ない。もっとも、王女の意思は尊重されないが。
玉座の前で片膝をついた勇者は国王の隣に佇む王女にウインクしてみせた。
肝心の王女はというと、引きつった笑いで軽く手を振っていた。
どうやら片思いのようだ。
なんなら王女はラギの方を気に掛けているような節がある。ここまで必死に帰りたがっていれば、分からなくもないがな。
何やら思い出したラギは見たことのない邪悪な笑顔を浮かべ、国王を見上げた。
『勇者は一人だけだったな。取引だ。その凡人ではなく俺が魔王を討伐してやる。その代わりに俺を帰還させるために全力を出せ。どれだけの魔術師を使い古してでも、最短で魔力を溜めろ』
その言葉に勇者は憤慨した。
彼は元の世界に未練がなく、この世界で成り上がる事こそが正義だと信じてやまないようだった。
ラギとは分かり合えない人種だ。絶対に彼らの意見が交わることはないのだろう。
『弱い犬ほどよく吠える。神のギフトで消し炭にしてやるさ。僕が唯一無二の存在なのだ。王女よ! この不届き者をこの場で殺します。だから僕と婚約してください! 必ず、魔王を討伐し、あなたの伴侶になります!』
こんなにも大勢の前で愛の告白とは恐れ入った。
私なら勘弁願いたい。勇者は気づいていないのか、見て見ぬ振りをしているのか。王女様の口はへの字になっていた。
『そんな口約束になんの意味がある。そんなことをしている暇があったら、さっさと出発すれば良かったのだ。口だけの臆病者め。いや、腰抜けか。どう見てもお前の方が体格が良いのに、なぜ拳で仕留めない。ギフトとやらに頼らないと人も殺められない小心者め』
勇者の頭はあまり良くないらしい。
まんまとラギの挑発に乗った勇者は立ち上がり、マントを勢いよく翻した。
『我が名はラギ・ヴェルダナ。貴様の人生を終わらせる者の名だ。その不出来なおつむに刻め』
『僕を怒らせたな。神にも王様にも見限られた無能め。これが僕に与えられたギフトだ。ラギ・ヴェルダナ!!』
ニヤリと口角がつり上がる。
ラギと勇者の距離は離れているし、ラギは両手足を拘束されている。それなのに、勇者は手も足も出せずに前のめりに倒れた。
『おい、これで俺が当代の勇者になったぞ。早く拘束を解け。魔王を討伐してやる』
血まみれで一切動かない勇者を仰向けにした騎士が国王に向かって首を横に振った。
国王は小さく頷き、騎士たちはラギの拘束を解いた。
『行くぞ、ミカ。服を着替えろ』
相変わらず自由人のラギは手首をさすりながら玉座の間を出て行こうとしたが、国王が立ち上がって彼を引き留めた。
目の前で真の勇者を殺されるとは思っていなかったのだろう。
王女も口を押えて視線を泳がせているし、とんでもないことをやってくれたな。
国王は改めてラギに魔王討伐を依頼し、達成した暁には元の世界へ帰す約束した。ただ、規定量の魔力が溜まるまでの間だけはミッドチルダ王として、王女と結婚して欲しいとも言い出した。
私は無視して帰るものだとばかり思っていたが、振り返ったラギは耳を疑うことを言った。
『王の座に興味はない。王女の婚約者にもならない。俺は本国に婚約者がいるからな』
ラギは平然として私の前を歩き、王宮を後にした。
◇◆◇◆◇◆
あの時のラギの発言には度肝を抜かれたものだ。
私は婚約者がいる男と同じ部屋で寝たのか……!? と衝撃を受けたのは昨日のことのようだ。
あの日、ラギこそが真の勇者になった。
強制的に周囲に認めさせ、帰還の約束まで取り付けるなんて大した男だ。
それからすぐに、謎の力を持つ金髪碧眼の勇者と死なない銀髪赤眼の魔女が魔王討伐に出立した、という噂が国中を駆け巡り、私たちの旅の形は大きく変わったのだった。
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