勇者との思い出 9
一度、王都まで連れ戻された私たちは最初から旅をやり直す羽目になってしまった。しかし、悪いことばかりではなく、ラギが国王から勇者に認定されたことで辻馬車や宿屋を格安で利用できるようになった。
そして、驚くことに王都を出発して数日しか経っていないというのに、あっという間に前回泊まった町を越えてしまった。
『もっと効率的に力を使いたい』
わざわざ別々の部屋を取ってやったというのに、私の部屋を訪れたラギは無断でベッドに腰掛けながらそんなことを言い始めた。
彼に発現した能力は、自分を認識した者を殺すことができるというものだ。
ラギ・ヴェルダナという人間をどのように認識するかは個人に委ねられる。
一度の発動でより多くの人を排除したいのであれば認識させる方法のバリエーションを増やせば良いというのが私の意見だった。
翌朝。私は出発前にラギに二つのプレゼントを贈った。
一つは鈴。綺麗な音色でどこにいてもラギだと分かるものを選んだ。
もう一つは香水。男性がつけても違和感のない甘い香りのものにした。ラギは香水の臭いを嗅いで嫌そうな顔をしたが、私の好みだから仕方ない。
これらを使い、視覚、聴覚、嗅覚を刺激してラギという人物を認識できるようにする作戦だ。
最初は腰につけた鈴が歩く度に鳴ってうるさい、と喚いていたが、やがて言わなくなった。
おかげで迷子になっても、すぐに見つけられる。
香水も最初は嫌々つけていたが、習慣化すると出発前には必ず首筋や手首にこすりつけるようになっていた。
私の贈り物の成果として、ラギは「鈴の音の男」や「甘い香りの勇者」などの異名で呼ばれるようになり、人助けの一環で盗賊団を壊滅させたこともある。
ある日の夜のことだ。
またしても私の部屋を訪れたラギは自分の能力について聞きたいことがあると言い出した。
何度も部屋から追い出そうとしたのに、奴は鈍感で私の心遣いに気づいてくれなかった。
『あなたには婚約者がいるのだから、私のような女と同じ部屋で過ごすべきではないわ。不誠実よ』
『あぁ、あれは半分嘘だ。婚約者は存在しているが、伴侶になることはない。それは決定事項で揺るがない事実だ。それにしても今更だな。そんな細かいことを気にする女だとは思っていなかった』
どういう意味なのか聞いても教えてくれず、とにかくラギは自分が納得する答えを得るまで私の部屋から出て行かなかった。
私が与えた力とは、その者の願いに合わせて姿を変える。
ピリカはより強い力を得ることを願い、自分よりも強い者を必ず殺すという能力を発現させた。
つまり、ラギは私と初めて会った時から、誰か特定の人物か、不特定多数の人に認識されることを願っていたということになる。
その説明を聞いたラギは短く礼を言って、自分の部屋へと戻って行った。
「そういえば、過去の私はラギの願いに気づかなかったし、知ろうともしなかったな」
全部、今だからこそ言えることだ。
大切なものは失ってから気づくとはよく言ったもので、私はラギを失ってからラギについて考えるようになっていた。
「ラギは誰に認められたかったの? 婚約者? それとも別の誰か?」
ラギは自分を皇族だと言った。
彼の国では国民全員がラギ・ヴェルダナを認識しているはずだ。
それなのにまだ求めるというのか。
「どこまでも強欲で傲慢な人」
ラギに発現した能力は元の世界に戻っても本当に健在なのだろうか。
彼はこの力を使って、本国でやり残したことをやる、と以前言っていたが、果たしてできたのだろうか。
私の与えた力が彼の心を少しでも軽くしたのなら良いのだけれど。
ふと、どこか遠くから聞こえた鈴の音に、はっとして振り返る。
もうこの世界にラギはいないはずなのにその音色は全くといっていいほど同じものだった。
「あ、そうか。お店か」
鈴の音は私が鈴を購入した店からだった。
まったく、情けない話だ。
私はいつからこんなにも弱い女になってしまったのだ。
魔王城から王都に移動させられてからの数週間というもの、頭の中にはずっとラギがいる。
彼の声や腰の鈴が聞こえなくても、甘い香水が香らなくても、私に触れなくても、ずっと側にいるような不思議な感覚が残っていた。
魔王城まではもう少しだ。
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