勇者との思い出 10

 魔王城と呼ばれている建物がある魔王領。

 そこから一番近い町にも宿屋がある。なんでも勇者専用だとか。


「勇者が存在していない期間のお宿はどうしているの?」


「普段は畳んでいます。今回は勇者ラギ様が召喚されたから店を開けて、部屋を掃除しました。ここまで来られた勇者様を労い、魔王との決戦に万全の状態で挑んでいただけるようにすることが一族に与えられた役目ですからね!」


 そう語ってくれたのは、勇者のために作られた一室だけの宿屋を何百年も前から続けている店主のおじさんだ。


「勇者様だけじゃなくて、お連れの方の部屋も作った方がいいってじいちゃんが言ってたんですけど、今までうやむやにしててすみません。あの時は舞い上がっちゃって、同室にしちゃいましたけど平気でした?」


 とても今更だ。

 私とラギは別にそういった関係ではないのだから、同じ部屋で過ごそうが、過ちが起きることはなかった。

 むしろ、安眠できているようで何よりだ、と思っていたくらいだ。


「問題ないわ。今回は勇者不在なのだけれど、泊めていただけるかしら?」


「もちろんです!」


 私は勇者以外でこの宿に一人で泊まった初めての客らしい。

 懐かしみながら廊下を進み、一つしかない扉の鍵を開けて中へと入る。


 そこはとてもつなく広い部屋でベッドをはじめとする家具は超がつく程の高級品。王族専用と言われても遜色のない一室だった。


 程よく沈むベッドに腰掛けて、床を見つめる。

 しっかりと清掃は行き届いているが、数カ所だけ斑点模様の汚れが床に残っていた。


「さすがに消せないか」


 それは私とラギがこの部屋に泊まっていたという証拠。私の血痕だ。


「あの時は迷惑をかけたわね」


◇◆◇◆◇◆


 魔王領を目前としていた私たちは何者かの襲撃を受け、ラギを庇った私は腹部に大怪我を負った。


 実行犯はラギが殺してしまったから黒幕を探ることはできなかった。

 彼は脱力する私に肩を貸して、小川の側まで連れて行ってくれた。

 そこまでは覚えているが、それからの記憶はない。多分、気を失ってしまったのだろう。


 次に目を覚ますと豪華な宿の一室でベッドに横たわっていた。

 体を起こすと、ラギは床に座りながらベッドに顔を突っ伏して眠っていた。


 服は着替えさせられていない。その証拠に血がべったりと付いていた。

 しかし、横腹の傷は嘘のように無くなっていて、痛みも何も感じない。


 さて、どうやって私を運んだのか皆目見当もつかない。体力も筋力もないラギにそんなことは不可能なはずだ。


 不思議に思いながら、サラサラの金髪を撫でる。こうしていると実年齢よりも幼く見えた。いつもは気持ちを張り詰めているのだろう。


 しばらくして目を覚ましたラギの顔は差し込む朝日を受けて、より一層輝いて見えた。

 今までで一番優しい顔。そんな表情を見てはいけないのではないか、と目を逸らしたくなる。そんな素敵な笑顔だった。


『私が死なないのは知っているでしょ。放置していても良かったのに』


 本心ではないのに、意地悪なことを言ってしまう口が憎らしかった。

 でも、一度出始めた言葉は止まらない。


『お前を殺すのは俺の役目なんだから、勝手に死ぬことは許さない』


 そんなことを言われたのは初めてだった。


 私はいつしか不老不死の存在になっていた。

 これまでに、生き埋め、火あぶり、絞首刑、斬首刑と様々な死に方をしたにも関わらず、気づくと生き返っている。

 痛みは感じるが、決して死なない体なのだ。


 私の時間だけが止まっている。

 どれだけ屈強な人間を側に置こうが、長く生きても八十年がいいところだ。

 絶対に老いて、私を殺すどころか介護させられてしまう。


 だから私は唯一使える、他者に強大な能力を授ける魔法を使って、私を殺すことができる人間を育てることにした。

 それも失敗続きだったけれど……。


『私に死ねと言った人は多くいた。だけど、殺すと言ったのはあなたが初めてよ。良かったわね、私の初めてになれて』


『ほざくな。時間を無駄にした。早く回復させて、魔王城に向かうぞ』


◇◆◇◆◇◆


 結局、最後までラギは私の不老不死について聞いてこなかった。

 そこまでの興味を持たれていなかったのだろう。


 殺し屋はターゲットの動向は探っても、人となりを深く知ろうとはしない。ラギにとって私とはそういう存在だったということだ。


 そう思っていたのに、魔王城の玉座の間を目前にしたラギは私に願いの変更を提案してきた。


 なんて自分勝手な男なんだ。私は覚悟していたのに。

 そんなことを言われたら、ラギが魔王を討伐した後に私を殺せなかった場合のことを考えてしまった。

 元の世界に戻れるようになるまでには数十年かかる。その間は一緒に過ごせるかもしれないと心の片隅で期待してしまった。


 それなのに私の心を弄ぶかのようにして、淡い期待を打ち砕いて居なくなった。


 私はラギへの苛立ちを募らせながら魔王城に戻ってきた。

 閑散とした廊下を歩き、玉座の間の扉の前で深呼吸する。


 ここにどんな魔法がかけられているのかは把握した。

 同じミスは二度と繰り返さない。


 前回と同じように扉から入るのではなく、上の階へ向かおうと振り向いた次の瞬間。

 チリンっと綺麗な鈴の音が聞こえた。


 私は自分の目を疑いつつ、呼吸の仕方を忘れてしまった。

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