第51話 婚活の終わり

「マチコさん、この後指輪買いに行こ」


 さっきの「今日ってまだ時間ある?」というのは、つまり、指輪を買いに行く時間はあるか、という確認だったらしい。

 

 が、指輪はさすがに辞退した。

 何せ婚約の予約なるものを既に頂戴しているのだ。それで十分ではないか。


 けれども、いりません、大丈夫です、と突っぱねる私の手を取って、リオンモールに入っていたアクセサリーショップの系列店に連れて行かれた。


 それでも断固として拒否出来たのは、その店内で、さっきいただいたばかりのペンダントと同じものを発見してしまったからに他ならない。


 あ、あの、桁がおかしくありません?

 あの、だってこれ、その、言っちゃ何ですけど、お付き合いしてない段階で渡す予定だったわけですよね? これと共に「お付き合いしてください」って言葉を添えるやつでしたよね?! それにこの額って普通出せるものですか? そんな一か八かの状態に出せる額ではなくないですか?! どうしてこの額をポンと出したんですか?!


 白南風さんは「大丈夫大丈夫、さっきも言ったけど俺、金はあるから」とか言ってたけど、そういう問題ではありません! それはいざという時のために取っておくべきやつです! もうこれ以上私にお金を使おうとしないで! あなた四月から社会人になるんですよ?! えっと助手も社会人で良いんですよね?


 良いですか白南風さん、人生この先何が起こるかなんてわからないんです。さっき白南風さんおっしゃってましたよね? 普段は質素だって。安いスーパーで食材買いだめして自炊してるって。それで良いんです。そういう生活で良いんです。ですから、良いです良いです店員さん呼ばないでください。ていうか、もう出ましょう? これじゃ冷やかし――って、薬指のサイズ? 測らなくて良いです! ま、まだ! まだなんです、私達! あ、あの、然るべき時にまた利用させていただきますから! え? 婚約指輪? いえ! 婚約指輪はもういっそ大丈夫です! あの、こ、これ! こちらをもう既にいただいたものですから! こ、こんな結構なものをいただいたのでっ、その、むしろこれが婚約のアレっていうか……! い、いえ! これはその、婚約の約束のやつでして! いえ、こっちの話です。で、でも、そういうわけですので。次、次は、その、け、けけけけ結婚指輪でお世話になろうかな、って。すみません、わ、私だけなんか舞い上がっちゃって! は、恥ずかし!



 ……とまぁそういう次第で、妙テンションでいらないことまでぺらぺらとしゃべり倒し、どうにかこうにか断ったというわけである。ちなみに白南風さんは声を殺して笑ってた。笑うところじゃないから! 何せコミュ障っていうのは、コミュニケーション能力に問題があるの! 適切な話題、声量、そういう諸々の調整が出来ないの!


 這う這うの体でお店から出ると、やっと白南風さんは声を出して笑い出した。


「あーっはっは、いや、もう最高だわマチコさん」

「何がですか! もう、私は顔から火が出るかと思いました!」

「いやいや、テンパってあれやこれやしゃべりまくったのはマチコさんだしな?」

「っそ、そうですけどぉ!」

「いやでもマジでさ、俺は感激した」

「何がです!」

「だぁって、俺に群がってくる女なんてさぁ」


 派手目の女は俺を見せびらかしたいからって洒落た飯屋連れ回して当然全額払わせるし、

 真面目っぽい子は合鍵作って勝手に家事して、口にこそ出さないけど、察してオーラをガンガン出して指輪とか強請って来るし、

 年上のお姉さんはドストレートにあれ買ってこれ買ってで挙句の果てに責任取って結婚して、だぞ?


 と、うんざりした顔を向けられる。

 相変わらずとんでもないモテ方をしてらっしゃる……。合鍵を勝手に作られた話は聞いたことあるし、年上のお姉さんはサチカさんだろうか。彼女以外にもいたのかな。


「だからさ、すげぇ感激したし、安心したわけ。あぁこの人は、ほんとに俺のこと大事にしてくれるんだな、って」

「だ、だって。そう言わないと本当に湯水のように使いそうで!」

「別に、使っちゃっても良かったのに。だってこれから頑張るんだもんな?」


 ぎゅっと手を強く握り、私の顔を覗き込んで、にぃー、と笑う。


「そ、そう、ですね、はい」

「マチコさんと俺とで、支え合って生きてくんだもんな?」

「そ、そうです。お互いに協力して、苦楽を共に、というか」

「そんじゃやっぱり引き返して結婚指輪買っちゃわね?」

「ま、まだ良いです、まだ!」

「何でだよ」


 不服そうに口を尖らせる白南風さんに向かって、コートの襟元からさっきのペンダントを引き抜き、印籠のように見せつける。


「よ、余韻に浸らせてください。ちょっとくらい」


 そんな次々といただいたら、せっかく素敵なものをいただいたのに、掠んじゃいます!


 そう力説すると、


「余韻に、って。それ、さっき俺が言ったやつな」


 真っ赤になっている鼻の頭を照れ臭そうに擦る。そうしてから、「参った」と呟いて、はぁ、と白い息を吐いた。


「ほんとは帰したくないけど、大事にしたいし、余裕のある大人ぶりたいし、思いっきり紳士だってとこ見せたいから、今日は送るわ」


 でもさ、とイルミネーションの下を歩いて、繋いだ手に再びぎゅっと力を込める。


「これからちょっとずつ距離詰めてくから」


 力強く宣言されれば頷くしかない。


「で、でも、もうかなり距離は近いと思うんですけど」

「いーや! まだ遠いね! 敬語だし。どうせまた気を抜いたら『白南風さん』呼びに戻るんだろ? さっきも店内で何回言った? ちゃんと練習しとけよ、名前で呼べるように。そのうちマチコさんだって『白南風』になるんだから」

「そっ……、そうです、よね」

「もうあれな、今後ずーっと恭太呼びにしてもらうから。良いな、次『白南風』とか口走ったら、しばらく『ダーリン』って呼ばせるからな。語尾にちゃんとハートマークもつけろよ」


 ぐわっ、と顔を近づけられて凄まれる。ひええ、イケメンの顔面の圧……っ! ダーリン呼びなんて罰ゲームすぎる!


「ひぃっ、わ、わかりましたぁぁ……」


 だけどついうっかり白南風さんと呼んでしまいそうで、現実味を帯びてくる『ダーリン呼び』に怯え、ガタガタと震えていると、だーから、と呆れたように笑われた。


「笑い飛ばせって、こういうのはさ」

「む、無理ですよぉ」

 

 クリスマスのイルミネーションの下、手を繋いで歩く私達は、ちゃんと恋人同士に見えているだろうか。私の心臓はいまもなお、心地の良いざわめきが止まらない。


 年が明けたらマチコさんの実家に挨拶だな、なんて、そんなことまで話して、そうですね、なんて返して。あんなに手を伸ばしても届かなかった『結婚』の二文字がすぐ近くにある。それどころか、この人は、私が諦めていた『恋』まで叶えてくれるらしい。


 恋がしたいわけじゃない。

 ただ、結婚がしたい。

 そんなことを考えていた。数ヶ月前までは。

 時間がない、選り好みなんてしてられない、身の程を弁えないとと焦っていた私に、まさかそんな奇跡が起こるなんて思わなかった。


「マチコさん、俺、なんかすげぇ幸せ」


 手を引いて、そう笑う未来の旦那様に、「私もです」と噛み締めるように返して、私の婚活は終わりを告げた。



終わり

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サワダマチコの婚活 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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