幽神天真

 ある日、一人の短髪の少年が繁華街をうろついていた。彼は通りすがる人々に、次々と何かを注射していった。注射器を一本使っては、彼は一度その場から消え、そして次の注射器を手に再び現れる。何やら彼には、瞬間移動を行う力が備わっているようだ。彼に奇妙な薬品を注射された者たちは、次から次へと苦しみ始め、ヴィランへと姿を変える。ここにウィザードが到着しなければ、この場にいる全員がヴィランと化すのも時間の問題だろう。

「ククク……面白いゲームになりそうだ」

 そう呟いた少年は、邪悪な笑みを浮かべていた。



 そんな彼の目の前に現れたのは、一人の白髪の男だ。

「久しいね、逢魔おうま

 この男は、前日に紅愛くれあたちの戦いを覗き見していた人物だ。逢魔と呼ばれる少年は不敵な笑みを浮かべ、竜型のヴィランに変身した。彼に続き、白髪の男も魔法石によって変身する。何やら両者ともに、互いのことを認知しているらしい。


――戦闘開始だ。


 白髪の男は糸のようなものを飛ばし、先ずは周囲のヴィランたちを拘束した。その隙に、逢魔は彼の背後に瞬間移動する。

「後ろだよ、天真てんま!」

 直後、逢魔の剛腕は天真と呼ばれる男の背に容赦なく迫った。天真は咄嗟に己の周囲を糸で包み込み、背後から迫る打撃から己の身を守ろうとする。しかしその壁は容易く叩き破られてしまい、振り向いた彼の目と鼻の先に拳が迫る。それでも天真は、余裕綽々とした態度を崩しはしない。

「甘いね」

 彼がそう呟いた直後、逢魔の全身は粘り気のある糸に包み込まれた。天真は魔法石に魔力を注ぎ、その繭を一斉に縮小させる。彼の魔術は、極めて使い勝手が良い。しかしその力をもってしても、逢魔を倒すには至らない。

「上だよ」

 上空から、逢魔の声がした。天真はすぐに頭上を見上げ、何本もの糸を発射する。しかし逢魔は瞬間移動を繰り返し、迫りくる糸を次々とかわしていく。天真は軽く舌打ちし、独り言を呟く。

「アラクノ・ネストでは……やはり相性が悪いか……」

 彼は糸を飛ばし、その先端を電柱の先に繋いだ。その糸を瞬時に縮め、彼は電柱の上に飛び移る。眼前の標的が視界から消え、今度は逢魔がため息をつく

「はぁ……かわされたか」

 間一髪でかわされた拳は、アスファルトを深くえぐった。彼は別の電柱の上に瞬間移動し、眼前のウィザードを睨みつける。それから一方は糸、もう一方は瞬間移動を駆使し、空中で激しい攻防を繰り広げた。

「さっきからちょこまかと逃げ回って、芸がないんだね。キミには、ボクを輝かせるための舞台装置になってもらうよ」

「舞台装置? ハハハハ! お前、自分が今遊ばれてるってことに気づいてないの? もっと俺を楽しませてくれよ……天真!」

「おやおや……このボクも、ずいぶんと侮られたものだね」

 両者一歩も譲らない戦いだ。しかし、やはり魔術の相性が悪いのか、天真はいささか苦戦している有り様だ。

「そうだねぇ……お前のことは殺さないでおくよ。お前がもっと強くなってくれないと、俺が楽しくないからさ」

「……逃げるのかい?」

「まさか。強くなったらまた遊ぼうよ、天真!」

 そう言い残した逢魔は、強靭な右腕で天真を殴り飛ばした。

「……!」

 天真はビルのモニターに叩きつけられ、その場に液晶を飛び散らせる。そして彼は無造作に落下し、今度はその身をアスファルトに打ち付ける。その様を前にして、逢魔は歯を見せて笑っていた。彼はその笑みを保ったまま、瞬間移動によってその場を去る。どちらも生存しているが、これが逢魔の圧勝であることは火を見るよりも明らかだ。

「アイツを狩るのは……この幽神天真ゆうがみてんまだ」

 そんな決意を口にし、天真はゆっくりと起き上がった。彼は四方八方に糸を振りまき、その糸で周囲のヴィランたちを圧死させた。彼らは勢いよく爆発し、その轟音は繁華街一帯に響き渡った。

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