正義の味方

 ヒロの振り下ろした剣は、眼前のヴィランの身に深い切り傷を負わせた。ヒロは少女の方へと目を遣り、すぐに指示を出す。

「今すぐ逃げろ。後は俺に任せるんだ」

「お、おっす! 了解ッス!」

 少女はすぐに立ち上がり、一目散にその場を去っていった。


 ここからは、ヒロとヴィランの一対一の戦いだ。


 彼はさっそくヴィランを睨みつけ、構えを取る。緊迫した空気が立ち込める中、ヒロは己の手に握っている大剣に冷気をまとわせる。その目の前では、ヴィランが自らの両手の間に炎の球体を生成している。

「手短に終わらせる……」

 そう呟いたヒロは、一気に間合いを詰めた。何発もの炎の球に襲われつつ、彼は一心不乱に大剣を振り回していく。その瞳には、一切の迷いがない。一方で、その標的は半ば理性を失っている有り様だ。

「アハハハハ! 強い! 強いねぇ! でも、アタシの炎に勝てるかな?」

「勝てる? これは勝負ではない……狩りだ」

「アハハ! 良いねぇ! 強気だねぇ!」

 一見、このヴィランは余裕に満ちた言動をしているかのように見える。しかし実際には、ヒロが優位に立っている。おそらくこのヴィランは、危機感が麻痺しているのだろう。

「ああ、強気だ! そうでなければ、ウィザードは務まらない!」

 ヒロは巧みな剣術で炎の球を振り払い、標的を追いかけ回す。そして距離を詰めるや否や、彼は相手の体にいくつもの切り傷を刻んでいく。


 やがてヴィランはふらつき始め、その全身には軽いノイズが走り始めた。その姿を前にして、ヒロは呟く。

「とどめだ……」

 彼の握る大剣の刀身に、小規模の吹雪のような渦が集まっていく。このまま事が進めば、彼は眼前の標的を倒せるだろう。


 その時だった。

真由まゆを殺さないでくれ!」

 そんな叫び声と共に、一人の男がヒロの目の前に飛び込んできた。ヒロは彼の身を左腕で振り払い、冷酷な一言を口にする。

「一度ヴィランになった人間は、もう二度と元の人格には戻れない」

 ヒロは大剣を勢いよく振り、眼前のヴィランの身を一刀両断した。ヴィランは勢いよく爆発し、その場に一人の女が姿を現す。彼女の身は光の粒子と化し、徐々に消滅していった。やがて女は完全に姿を消し、そこにはいかなる痕跡も残らなかった。


 ヒロの勝利だ。


 彼は変身を解除し、先程乱入してきた男の方へと目を向ける。男は怒りに満ちた眼差しでヒロを睨み、激昂する。

「この人殺し! 国家の犬め! テメェらは国民の税金で、どれほどの命を奪ってきた!」

「恨みたければ、恨めば良い。それがウィザードの宿命であり、今の有り様がヴィランの宿命だ」

「ああ、そうかい! だったら、テメェもその宿命とやらを呪うんだな!」

 そう叫んだ男は、ヒロの右頬に全力の右ストレートを放った。ヒロはそのままよろけ、尻餅をつく。そんな彼を見下ろしつつ、男は言う。

「命を奪うことで正義の味方を気取れる連中は気楽だな。テメェらは今まで、どれほどの人間を傷つけてきた? ヴィランは血の通った人間だ。そして、その家族もな」

 そんな捨て台詞を吐いた男は、すぐにその場を去っていった。この時、彼の頬には一筋の涙が滴っていた。それを見逃さなかったヒロは、深いため息をつく。彼は決して、非情な男ではない。

「正義の味方……か。自分をそんな風に思えたら、どれほど楽だろうな」

 そう――彼はこの仕事に臨む際に、己の心を押し殺しているのだ。彼は携帯電話を取り出し、着信履歴に目を向ける。その一番上の連絡先をタップし、彼は日向ひゅうがに連絡する。

「もしもし、ヒロです。ただいま、ヴィランの駆除を終えました」

「ご苦労。君は実に優秀なウィザードだよ、ヒロ」

「……ありがとうございます」

 日向に称賛されてもなお、ヒロの表情が晴れることはない。彼は自嘲的な愛想笑いを浮かべ、その場に立ち尽くすばかりだった。

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