ウィザーズ・イン・ザ・シティ

やばくない奴

ヒロ

ヒロという青年

 とある病院の廊下を、一人の女が駆け抜けていく。彼女は息を荒らげつつ、深刻な顔つきをしている有り様だ。そんな彼女がたどり着いたのは、手術室の扉の前だ。扉はゆっくりと開き、全身を包帯に包まれた男が手術台に寝そべっている光景が広がる。女は一所懸命に呼吸を整え、覚悟を決めようとする。そんな彼女の目の前まで、一人の医師がにじり寄る。

「死力は尽くしました。心臓は動いていますが、彼の意識が戻る保証はありません」

 その宣告を受け止めきれず、女は耳を疑った。

「そ、それって……」

「彼は今、植物状態に陥っています。しばらく様子を見て、回復の見込みがなければ尊厳死を行うことも出来ますが、いかがなさいますか?」

「そんなこと言われても、私……どうすれば……」

 彼女が答えを出せないのも無理はない。絶望的な状況と緊迫した空気は一つに束ねられ、彼女の情緒を容赦なく掻き乱しているのだ。


 医師は深呼吸を挟み、それから女に告げる。

「どうか後悔のないようご決断ください。私から言えることは、ただそれだけです」

 女がこの現実を受け止めるには、まだ時間が要るだろう。

「あなた! あなた!」

 咄嗟に手術台へと駆け寄った女は、震える両腕で患者を抱きしめた。彼女の頰から伝う涙は、彼女自身の感じている悲哀を物語っていた。



 *



 あれから三年半の月日が流れた。

「七時になりました。ニュースをお伝えします」

 日本人の朝は、ニュースを見るところから始まる。首から宝石のようなものを下げた青年は、公園のベンチに腰を降ろし、携帯電話でニュース番組を見ていた。

「近年に入り、『ヴィラン』の増加は勢いを増していきました。これに対し政府は、『ウィザード』に回す資金を見直す方針を取るとのことです。続いては、スポーツです」

「……」

 話題が切り替わると同時に、青年は携帯電話の画面を切った。彼は青空を見上げ、深いため息をつく。

「やれやれ……穏やかではなさそうだな」

 こんな独り言を呟いた青年は、ベンチから立ち上がる。直後、彼の携帯電話から、着信音が鳴り響く。

「はい、もしもし。ヒロです」

 青年は電話に出るや否や、ヒロと名乗った。携帯電話のスピーカーから、渋く低い声が聞こえてくる。

「私だ、ヒロ。日向ひゅうがだ。とある街角に、ヴィランが現れた。今から送る場所に、至急駆けつけて欲しい」

 その指示に対し、ヒロは一切の躊躇を見せない。

「承りました。直ちに準備に取り掛かります」

「頼んだぞ、ヒロ。私は君の実力も、人柄も、ひいては仕事に臨む姿勢も買っている」

「お褒めにあずかり光栄です。しかし今は、急がなければなりません」

 与えられている仕事に対し、ヒロは極めて誠実だ。

「あ、ああ、そうだな。すまない。そうだ、今夜、酒を奢ってやろう。積もる話はその時にしよう」

「ありがとうございます。では、また何かあればご連絡ください」

「ああ」

 こうして二人は通話を終えた。ショートメッセージで送られてきた地図を頼りに、ヒロはその場から駆け出す。



 それから数分後、彼がたどり着いた先では、一体の化け物――通称「ヴィラン」が炎を振りまいていた。その容姿は、橙色のヤマアラシが巨大化したようでもあった。

「アハハハハ! 死んじゃえ! みぃんな死んじゃえ!」

 ヴィランは乱心している。周囲の人々は恐怖を覚え、半ば混乱しながら逃げ回っている。そんな中、一人の少女が縁石につまずき、勢いよく転倒してしまう。

「ま、まずいッス! このままじゃ……!」

 何やら、ヒロには辺りを見回している暇はないらしい。直後、彼の首に下がっている宝石が発光した。彼はすぐに「変身」し、魔法使いのような服装に姿を変えた。

「市民に……手は出させない!」

 そう言い放った彼は、咄嗟にヴィランの方へと駆け寄った。それから己の手元に大剣を生成し、彼はそれを勢いよく振り下ろした。

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