誕生日

 ヴィランは勢いよく爆発し、変身が解けた。彼の本来の姿は、光をまといながら徐々に消滅していく。


 紅愛くれあの勝利だ。


 紅愛たちは一斉に変身を解き、ケーキ屋の方へと目を遣った。幸い、店は無事である。紅愛はすぐに店へと駆け込み、中を確認する。あの状況下でもなお、店員たちはいつものように働いていた。

「何故、避難しなかったのですか……」

 紅愛は訊ねた。店長は強気な笑みを浮かべ、己の覚悟を口にする。

「誕生日は特別な日ですから」

 その言葉には、確かな男気があった。しかし紅愛は、どこか納得していない様子だ。

「あなたたちの命だって、誰かにとっては特別なはずです」

「それでも、今日の主役は私ではありません。誰かの誕生を祝う――そのために命を張れることは、我々にとっては誇りなんですよ」

「……あなたたちは、気高いケーキ屋です」

 ヴィランが蔓延る世界の中で、確固たる信念を持って戦っているのはウィザードだけではない。このケーキ屋で働いている者たちもまた、紛れもなく信念を持った者たちだ。

「それで、ご注文はお決まりですか?」

 店長は訊ねた。紅愛は安堵の微笑みを浮かべ、名乗りを上げる。

「予約した佐渡紅愛さわたりくれあです」

 いよいよ、彼女がバースデーケーキを受け取る時が来た。

「佐渡さんですね。用意できましたよ。先程ケーキ屋を守っていただいたので、お支払いは結構です」

「代金なら、もう税金から貰ってるよ」

「チップだと思ってください、ウィザードさん」

 店長はケーキとろうそく、それから保冷剤を箱に詰め、それを紅愛に手渡した。

「ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。またのご利用、お待ちしていますよ」

「はい、また来ます」

 こうしてケーキを手に入れた紅愛は、店を出た。 彼女はヒロたちの側を通りかかり、それから振り向くこともなく呟く。

「今日は、ありがとな」

 鈴菜すずなは一瞬だけ耳を疑ったが、すぐに破顔した。


 あの戦いを、物陰から観察していた者がいる。

「若い芽は、早めに摘まないとね……」

 そう呟いたのは、真っ白な頭髪をした青年だ。彼の首には、緑色の魔法石が下がっていた。



 *



 その日の晩、二つの箱を持った紅愛がアパートの前に立っていた。

花凛かりん、開けてくれ。両手が塞がっている」

 ケーキとぬいぐるみの両方を抱えている彼女には、ドアノブをひねることが出来ない。そんな彼女の目の前で、ワンルームの扉が開かれる。彼女を出迎えたのは、もちろん花凛だ。

「おかえり! お姉ちゃん!」

「ただいま。そして、誕生日おめでとう」

「お姉ちゃん、また怪我してる……」

 純真無垢な妹が言った通り、紅愛はあの戦闘で酷く負傷していた。しかし紅愛は、まるでそのことを気にしていない。彼女の表情は、喜びで満ちていた。

「そのうち治る。だってオレは、正義のヒーローだから」

「お姉ちゃん、かっこいい!」

「さ、ケーキを食べようか」

 紅愛は部屋に上がり、ミニテーブルにケーキの箱を置いた。そしてその箱を開き、彼女はケーキにろうそくを立てていく。そんな彼女の横顔を眺めつつ、花凛は呟く。

「ママも一緒に、お祝いしてくれたら良いのに」

 何やらこの部屋には今、一組の姉妹しかいないらしい。

「オフクロが恋しいか?」

 そう訊ねた紅愛は、妙に陰を帯びた表情をしていた。そんな彼女に対し、花凛は笑顔でこう答える。

「ううん。お姉ちゃんがいるから、平気だよ」

 その返答は紅愛にとって、ある種の救いとなるものだった。紅愛は妹を強く抱きしめ、その小さな背中を撫でる。

「花凛……アンタだけは、何があっても絶対に守ってやる」

 そんな誓いを口にした彼女は、強い信念を帯びた目をしていた。


 それから二人はケーキを食べ、各々の腹を満たした。そして花凛はプレゼントの箱を開け、屈託のない笑顔でぬいぐるみを抱き締めたのだった。

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