ラララット

 その日の翌日、赤髪の女はホビーショップにて、ぬいぐるみの売り場を練り歩いていた。商品を選ぶのに迷っている彼女に気づき、一人の店員が姿を現す。

「何をお探しですか?」

 そう訊ねてきた男は、妙に紳士的な雰囲気を醸し出していた。女は携帯電話を取り出し、彼に一人の女児の写真を見せる。

「オレの妹が、もうじき十一歳の誕生日を迎えるんです。妹はずっと、古いぬいぐるみを大事にしているんですが、そろそろ新しいものを与えたいと思っていて……」

「そうですね……それなら、ラララットのぬいぐるみなんて如何でしょうか」

「ラララット……?」

 流行に疎いのか、女はその名前に聞き覚えがなかった。そこで店員は、彼女に自分の携帯電話を見せつけた。その背面は、マイクを握ったネズミのキャラクターのシールでデコレーションされている。

「ラララットをご存知ないのですか? ホログラムを用いた配信活動をメインとするインターネットゆるキャラで、いくつもの曲を生み出している今話題のネズミさんですよ!」

 そう語った店員は、妙に熱の籠もった眼差しをしていた。おそらく、彼はラララットのファンなのだろう。赤髪の女はそのキャラクターを知らなかったが、彼の熱意が本物であることだけは確かに感じ取っていた。

「なるほど……じゃあ、ラララットとやらを買おう」

「ありがとうございます! ラララットグッズの売り場は、こちらになります!」

 すっかり上機嫌になった店員は、女をすぐに売り場へと案内した。女はラララットのぬいぐるみを抱え、レジに向かう。

「すみません……これ、ラッピング出来ますか?」

 このぬいぐるみはあくまでも、妹への誕生日プレゼントだ。ここで手を抜くわけにはいかないだろう。

「少々お時間を頂きます」

 レジ打ちはそう言うと、すぐにぬいぐるみを箱に入れた。その箱はラメの入った色鮮やかなラッピングペーパーに包まれ、金色のリボンを施された。

「……ありがとうございます」

 それから女は会計を済ませ、プレゼント箱を抱えながらホビーショップを後にした。


 次に女が向かった先は、テクノマギア社の社屋だ。エントランスをくぐり抜けた彼女が目指す先は、女性用のロッカールームである。彼女は「佐渡紅愛さわたりくれあ」と書かれた戸を開き、その中に箱を入れる。それから戸を閉め、鍵をかけた彼女は、ヒロたちにはまだ見せていないような笑みを浮かべる。さっそく、紅愛は携帯電話を開き、近所のケーキ屋に連絡を入れる。

「もしもし。シュガー・ユーフォリアでお間違いないでしょうか」

「はい、さようでございます。ご要件をどうぞ」

「バースデーケーキの予約を入れたいのですが……」

 やはり妹が誕生日を控えているのなら、ケーキも用意するのが筋というものなのだろう。

「では先ず、お名前をお願いします」

「佐渡紅愛です。佐渡ヶ島の佐渡でさわたり、紅の愛でくれあです」

「かしこまりました。蝋燭は何本おつけしましょうか」

「大きいのが一本、小さいのが一本でお願いします。プレートには、『かりん、たんじょうびおめでとう』と、全て平仮名で書いてあげてください」

「承りました!」

 こうして無事、ケーキの予約は済んだ。紅愛は通話を切り、安堵のため息をついた。



 その日の晩、紅愛はアパートの一室に帰宅した。そこで彼女を出迎えたのは、無邪気な微笑みを浮かべた女児である。

「お姉ちゃん、おかえり!」

「ただいま、花凛かりん

 紅愛は優しさに満ちた微笑みを浮かべ、花凛の頭を撫でた。

「お姉ちゃん、いつもおつかれさま!」

「それはどうも。学校はどうだった?」

「楽しかったよ!」

 まだ眠気が来ていないのか、花凛は姉の周囲を元気よく跳ね回る。そんな妹を両手で捕まえ、紅愛は彼女の華奢な体を抱き寄せた。

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