佐渡紅愛
赤髪の女
翌日、
「おっす! えっと、名前は……」
彼女はまだ、ヒロから名前を聞き出したことがない。これから先、仕事を共にするにあたって、互いを知ることは極めて重要だろう。ヒロは彼女の方に目を遣り、自己紹介をする。
「ヒロだ。それより、妙に立ち直りが早いな。無理をしているのなら、休んでも良いんだぞ?」
昨日のこともあり、彼は鈴菜のことを心配していた。無論、彼女がなんの痛みも背負っていないと言えば嘘になるだろう。鈴菜は愛想笑いを浮かべ、己の考えを述べる。
「
「そうか。君は、本当に強い人間だな」
「ま、ウチはこれから、ウィザードとして戦っていくわけッスから! 梓の想いを無駄にしねぇためにも、頑張っていくしかねぇッスよ!」
意気込みとしては十分だろう。親友の死を一晩で乗り越え、彼女はウィザードとして生きる決意を固めていた。そんな今、彼女が気に掛けていることは、ヒロのことだ。両者の初対面の頃から一貫して、彼は妙に陰のある雰囲気を醸していた。その正体を知りたい一心で、鈴菜は質問する。
「ところで、ヒロさんって名字はなんて言うんスか?」
「俺に名字はない。そういうものだと割り切って欲しい」
「それは妙ッスね。ヒロさんは、どんな経緯でウィザードになったんスか?」
質問内容は、着実にヒロの核心を目指していた。ヒロは深いため息をつき、こう切り返す。
「あまり俺のことは詮索しないで欲しい。俺の過去は俺のもので、他の誰のものでもないからな」
少なくとも、彼に何らかの事情があることは明白だ。そしてどういうわけか、彼はその事情を語ろうとはしない。そんな彼に愛想を尽かすこともなく、鈴菜は微笑む。
「了解ッス。ヒロさんが何を抱えているのかは知らねぇッスけど……ウチは絶対に、ヒロさんが安心して弱みを見せられるような仲間になるッス!」
「君は何故、俺のことを知りたがるんだ? 俺はこうして無事に生きているし、俺たちには救わなければならない命がたくさんあるというのに……」
「そりゃ、ヒロさんからしたら、ウチは救助された市民のうちの一人に過ぎねぇかも知れねぇッスけど、ウチにとってのアンタはたった一人の命の恩人ッスから!」
何やら彼女は、義理堅い性格らしい。一方で、ヒロは己の行動に見返りを期待していない。彼は優しさの籠った微笑みを浮かべ、己の人生哲学を語る。
「年上に対する恩というものは、別に本人に返さなくても良いものだ。幾年かの月日が経てば、やがて君は他の誰かの恩人になるだろう。その時になっても、君はきっと見返りを求めない。そのサイクルを繰り返せるところが、人間の素晴らしさだ」
その言葉に、鈴菜は感銘を受けた。
「ヒロさん、それ……すげぇかっけぇッス! ウチもいつか、誰かの恩人になった時に、こういうことをさらっと言えるようになりてぇッス!」
もはや今の彼女にとって、ヒロは単なる恩人ではない。彼女が彼を見つめる眼差しには、憧れが宿っていた。
そんな二人の側を、一人の赤髪の女が通りかかった。
「おっす! お疲れ様ッス!」
己の先輩と思しき人物に向かって、鈴菜は元気よく挨拶をした。赤髪の女は一瞬だけ振り返り、それから無言でその場を去っていった。鈴菜は数瞬ほど唖然とし、それからヒロに耳打ちする。
「あの人、ちょっと関わりづれぇッスね……」
少なくとも、彼女の中でのあの女の第一印象は良いものではない。それを理解した上でなお、ヒロは赤髪の女を擁護する。
「誤解してやるな。アイツはただ、不器用なだけなんだ」
彼はそう言ったが、鈴菜はあまり納得がいかなかった。
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